赫く散る花 - 銀時 -
「そうですよ。そうだ、池田屋の時もあんな感じでしたよね。池田屋の時やさっきの桂さんと、いつものちょっと天然ボケかなって感じの桂さん、どっちが本当の桂さんなんでしょうか。やっぱり、さっきのが本当かな。いつもは本当の顔を見せるわけにはいかないから、わざとボケているのかも知れませんね」
少し寂しそうに新八は銀時の机のまえで言った。
「そりゃ、違ーよ」
銀時は椅子から立ちあがった。そして、新八に背を向ける。
「どっちもヅラだ」
窓の格子を見ながら告げた。
ああやって釣り合いを取っているだけだとつけ足せば、新八はそれじゃあやっぱり片方は均衡を保つための偽物なんじゃないですかと誤解するだろうか。
「桂さんとつき合いの長い銀さんがそう言うなら、きっとそうなんですよね」
新八はあっさり納得した。
その一方で、銀時は考える。
つき合いは、長いのだろうか。別に子供の頃から顔見知りだったわけではない。攘夷戦争に身を投じてから、桂と出逢った。そして攘夷戦争が終結するまで一緒に戦った。だが、その後、自分は軍から離れ、攘夷とは関係なく暮らし、池田屋の一件が起きるまで桂とは音信不通だった。
長い、のだろうか。
そうぼんやりと思った時、何気なく動かした左腕の袖に引っかかるものを感じた。袖に清吉の遺書が入っているのである。佐一郎が津倉屋惣兵衛にこの先もしかしたら眼をつけられるかも知れないので、危険を少しでも回避するために銀時が預かったのだ。
遺書のことを思う。
そして。
遺書を読むことができたのは、桂がいたから。
その事実を再認識すると、胸のなかでざわりと感情が動く。まるで波が大きくうねるように。
否応なしに、埋もれていた記憶が頭によみがえってくる。
あれは、夏の名残もようやく消え去り、秋の気配が色濃くなり始めた頃のことだ。
太陽が山の稜線に近づいて空の色が変わる、その少しまえ。
潜伏先としていた寺の庭にいた銀時は桂に声をかけられた。
そして、桂の部屋に行った。
桂は銀時と出逢った時にはもうすでに指導者的な立場にあり、本堂で他の攘夷志士たちと雑魚寝する銀時とは違い、自分専用の部屋を一室与えられていた。
部屋に入ると、銀時はあぐらをかいた。
その正面に桂は座り、懐からなにかを取り出して、すっと畳の上をすべらせた。
『この書状の内容、お前はどう思う?』
桂が銀時の眼を見てたずねた。
その書状は、近くに駐留している別の攘夷軍から届けられたものだった。
まだ軍の上層部しか眼を通していないはずのものだ。
それを桂は銀時に見せ、相談しているのだ。
信頼されていると銀時は思った。
しかし、畳に置かれた書状に手を伸ばさなかった。
手に取ったとしても、銀時には読めないのだ。
それまで、銀時は学問を教わったことがなかったから。
物心つくまえから銀時はまわりの者たちから避けられていた。
家のなかにいることは許されていたが、家族と話をしたことはほとんどなく、その温もりを感じることはなかった。教育を受ける機会もなかった。
やがて家族から完全に放っておかれるようになり、銀時の分だけ食事がない日が続き、ひもじさに耐えられなくなって外へなにか食べられる物はないか捜しに行った。なんとか食べる物を得て、それを食って、家に帰ると、戸は堅く閉ざされていて。銀時がどれだけなかに入れてほしいと訴えても、戸が開くことはなかった。
それからは野良犬のような生活で。
生き続けたいという強い意志はなかったが、だからといって死にたいとも思わなかった。
だが、生きていれば、腹が減る。なにか食べたいという切実な欲求が生まれる。その欲求を満たすための術を覚えるようになった。剣の腕を磨いたのだって、食っていくための金を稼ぎたかったからだ。
学問はどうでもよかった。そんなものを身につけたところで、腹はふくれない。
けれど、字が読めないことは隠していた。
字を読む必要のある時は、さり気なく自分がそれをしなくて済むようにした。
そのままでも別に構わないと思っていた。
眼のまえにある書状も、読んだふりをして内容を桂から聞き出せばいいと考えた。
しかし。
『俺ァ、字が読めねェ。だから、読んでくれ』
いつの間にか、口からはそんな台詞が飛び出していて。
なぜそんなことを言ってしまったのか自分でもわからなかった。
書状に落としていた視線をゆっくりとあげていき、桂の顔までくると止めた。
作品名:赫く散る花 - 銀時 - 作家名:hujio