二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

赫く散る花 - 銀時 -

INDEX|9ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

 桂の顔には、銀時が予測していたような驚きも軽蔑も、なかった。
『……そうか』
 静かな表情で短く言うと、桂は眼を伏せた。その膝の上の右手が動き、書状をつかんだ。読むのだろうと銀時は思ったが、予想に反して、桂は書状を持ったまま立ちあがり、歩み寄ってきた。そして、銀時のすぐ隣に腰を降ろした。
 銀時が当惑していると、桂は書状を広げて畳に置いた。
『よく見ておくように』
 なにを見るんだ、と銀時は思い、たずねようとした。
 その時、桂が上体を少し傾けた。さらに、左膝の横のあたりに左の手のひらをつき、右腕を書状まで伸ばした。右の人差し指が書状に触れた。それは文のいちばん始めの字の横を指していた。
 それから、桂の唇が動いた。文字の横を一字一字指差しながら、それに合わせてゆっくりと読んだ。
 読むのを聞くだけではなく文字を見ろ、ということであったらしい。
 それぞれの文字をなんと読めばいいのかを、桂は銀時に教えようとしていた。
 銀時は内心ひどく驚きつつ、文字の横を動く桂の指先を眼で追った。
 すべて読み終わると、桂は手を膝の上に戻した。
 そして、特別なことなどなにもなかったように、書状の内容について話し合った。
 しばらくして、ふたりの意見は同じ結論に達した。
 すると桂はふたたび立ちあがり、今度は部屋の隅の文机のほうに行き、そのまえに腰を降ろした。
 桂が用意した紙に筆を走らせた。その様子を銀時は眺め、返事を書いているのだろうと思った。
 やがて、桂は返事らしきものが書かれた紙を手に持ち、銀時の正面に来た。その紙を差し出した。
 銀時がそれを受け取ると、桂は言った。
『字は読めたほうがいい』
 紙には字が丁寧に書かれていた。
 いろはにほへと
 ちりぬるを
 わかよたれそ
 つねならむ
 うゐのおくやま
 けふこえて
 あさきゆめみし
 ゑいもせす
『色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ、有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず。伊呂波歌だ。涅槃経の、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、を元に作られたらしいが、仮名四十七文字が重複せずに用いられていることから、手習い歌として使われている』
 しっかりとした口調で説明すると、桂は銀時を見据えた。
『だから、それを覚えるように。俺は他人にものを教えるのが得意ではないから師とはなれぬが、できる限り協力しよう』
 その日以降、銀時は暇があれば桂の部屋に行った。
 桂は銀時に字を教えた。面倒そうな様子は一切なく、あたりまえのことのように。
 すぐカッとなる短気な性格であるのに、銀時に教えている時の桂は気長で根気強かった。
 一度、銀時は桂に謝ったことがある。
 親切に教えてもらっているのに、よく間違えたり忘れてしまったりするのが申し訳なかった。自分に腹がたっていた。
 銀時の謝罪の後、桂はうつむき、黙りこんだ。だが、しばらくすると、顔をあげて口を開いた。
『……こういうことは子供の頃に時間をかけて覚えるほうがいいんだ。けれども子供の頃にそうしなかったのは、それができる環境になかっただけで、お前のせいではなかろう』
 銀時に向ける眼差しは真剣だった。
『お前はなにも悪くない。だから、謝る必要なんぞどこにも、ない』
 そう桂は断言した。
 今まで誰が、と銀時は思った。
 今まで誰がいったい、お前はなにも悪くないのだと言ってくれた?
 誰もいやしない。
 お前が悪いと非難されたことはあっても、悪くないなどと言われたことは、一度もなかった。
 だから。
 胸がやけに熱くなった。
『それに、お前が物を覚えるのに時間のかかるほうだとは思わない。むしろ早いほうではないかと思う』
 桂は言い終わると、決まり悪そうに視線を逸らした。面と向かって褒めたことが照れくさかったらしい。
 決して、銀時を見下そうとはしなかった。
 常に対等だった。
 教える側であっても、それぞれの学力に天と地ほどの開きがあっても。
 やがて潜伏先を変えても、それは続いた。
作品名:赫く散る花 - 銀時 - 作家名:hujio