東方無風伝 3
「来なさい」
そう言って西行寺は桜の中を突き進んでいく。
素直に付いて行けば、明らかに周りとは浮いている桜が有り、西行寺はその下に立っていた。
「これが西行妖よ」
西行妖は、周りの聳(そび)え立つ桜に囲まれるように植えられていた。その枝葉は、もう枯れているようでこげ茶色しかなかった。
「これが、西行妖? でも何故一本だけ枯れている」
「枯れてなんか無いわよ。ほら」
西行寺が指差す先には、一輪の花。枯れていると思っていた西行妖にたった一輪ではあるが桜が咲いていたのだ。
「何故、西行妖だけ」
周りの桜と比べると、一際大きい西行妖。これだけの桜が満開となれば、それは見るモノ全てを魅了する桜となっていることだろう。
「春が少なすぎるのよ。もっと沢山の春が集まれば、きっと西行妖は満開になるわ」
「それを、もうしないと」
「ええ、霊夢達に負けたし、仕方のないことよ」
詳しいことは良く解らないが、西行寺の言葉を紡げば、西行妖を咲かす為に春を集め、霊夢達と戦い負けた。それでもう春は集めない、と言うことかねぇ。
まるで春がどこぞの七つ集めたら願い叶う竜玉みたいだな。
そんな想像をして、つい笑いが漏れ出る。
「西行妖が満開になれば、さぞ美しい桜になるだろうな」
「ええ、そうでしょうね。でも、それはもう叶わぬ夢。誰かが生き返るらしいけど、それが誰かも解らぬままよ」
「生き返るだと」
「西行妖は、その誰かを封印しているようなのよ」
「まるで、あれだな。桜が死体を喰って綺麗な花を咲かすと言う」
「そうね。きっと封印されてる人も、西行妖に養分を吸われて、とうの昔に干からびて骨になっているかもしれないわね」
そう言って、西行妖を撫でる西行寺の姿は、今すぐに消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる程に、儚く、悲しく、幻想的で美しかった。
彼女は一体何を思い、西行妖を咲かせようと思ったのだろうか。
ただの好奇心? 救済? はたまた、罪滅ぼし?
その答えは俺が知る由も無く、きっと答えは彼女自身にも解っていない。
ただ其処に映るは、儚く幻想的な少女ただ一人だけだった。