東方無風伝 3
「俺は、博愛主義者だからな」
「嘘は良くないわよ、風間。貴方からは血の匂いがするわ」
「お前は犬か」
とか言いつつも、自分の腕を鼻先に持っていき匂いを嗅いでみる。……鉄臭いことはないが……。
西行寺の言う血の匂いとやらは、嗅覚ではなく、第六感のような、感覚的なものだろう。それならば納得はいく。
俺は、外の世界で血を浴び、ばら撒き、そして俺自身の身体に染み込み過ぎた。
「西行寺、俺は人間じゃない」
「あら、やっぱりそうだったの」
おどけて言う西行寺。うーん、魔理沙には気付かれて仕方が無いと思っていたが、何故西行寺まで気付いていたんだろうな。
まぁ、それは置いといて。
「俺は、人間に近い何かだ。それで在り続けたい」
「どうして?」
「人間になったら、もう戻れなくなりそうだから」
俺が元の形に戻る。それは俺の完全な消滅を意味する。だけど、それで良いのだ。今までも、その姿で在り続けたから。
「俺が誰かを殺したらな、その時、俺は本当に人間になってしまう。それは嫌だ。だから俺は殺したくない」
殺したら、俺は彼らと同じ、殺戮者になってしまう。
そうしたら俺はもう、戻れなくなっちまう。
「本当に、貴方のエゴなのね」
「そうさ、俺はエゴ無しに生きていけない。人間と同じだ」
人間であることを拒む人間なんだよ、俺は。
「それでも、貴方の本質は別。そうでしょ?」
西行寺はまるで俺の心を読んだように、俺の言葉一つ一つの真意を完璧に汲み取っているかのように話す。
「そうさ。魂という概念は別物だ。ただのエゴにしか過ぎないんだよ」
「貴方は、人間になるのを恐れているのかしら」
「……」
西行寺の言葉は胸に突き刺さるものがあった。
それは、きっとそうなのだろうな。
俺は、自己中心的な人間共を心から恐れている。何れ俺自身が、人間共に殺されそうで、泣きたくなるくらい怖いのだ。
人間と同じ存在になるのも、同じくらいに。
「きっとそうだな。俺は人間に恐怖しているよ。心から」
「でも、それだけではないのでしょう」
「俺は人間を愛している。心から、壊れそうな程」
この矛盾もまた、俺のエゴだ。
俺は人間を愛し続ける。あの狂人共を。びくびくと怯えながらでも、俺はそうすることしか出来ないのだ。