東方無風伝 3
「あの、風間さん」
「どうした、妖夢」
今日一日の修業は一先ず終え、夕暮れに紅く染まる桃色の木々を眺めながら、妖夢は言う。
「風間さんのその刀、見せて頂いても宜しいですか?」
何かと思えば、そんな頼みごと。
断る理由も特に無い。
腰帯びに差した刀を鞘ごと抜き取り、それを妖夢に手渡す。その際、落としたりしないように少し注意して。
「抜いても?」
「どうぞ」
「失礼します」
一礼しながら刀を抜く妖夢を見て、本当に良く出来た子だと思った。妖夢をここまで躾(しつ)けたのは一体何処の誰なんだろうな。西行寺では無いのは明白だが。だからこそ、気になってくる。この白玉楼には、妖夢の他には西行寺しかいない。西行寺では無いとすると……。考えれば、妖夢に剣術を教えたのもまた同じくして誰が?
「……ふん」
「風間さん?」
「ん、いや何でもない」
所詮他人の家の事情。俺が関わることではない。
「これ、良い刀ですね。名前とかありますか?」
「あー……」
ばつが悪そうに、頭を軽く掻く。そう言えば、香霖堂でその刀を譲り受けた時に、この刀に名前をつけようとは思ったものの、そのことはもうすっかり忘れていた。必然的に、未だこの刀に名前は無くて。
「どうしたのですか?」
そんな俺の様子を不審に思ったのか、妖夢がそう問いかけてくる。
「いやー、その刀には名前が無くてな。うん、丁度良い。今付けてやろう」
未だ妖夢が持つ刀に眼を落とす。
鏡のような白銀の刃に、血を飲み込んだかのような赤い刃文。
「よし、こいつの名は『鬼灯(ほおずき)』だ」
「鬼灯、ですか。良い名前ですけど、どうして鬼灯に?」
「鬼灯はな、日本のお盆に、死者の霊を導く提灯として飾られることがある。だから、こいつに斬られて死んだモノが、霊になって俺を襲わぬように、ちゃんとあの世に送ってくれるように、その名にしたんだ」
と言うのは後付けで、本当のところは只単に刃文が赤いからである。
俺は、誰かを殺そうとなんて思っていないからな。