東方無風伝 3
「ふぁ……」
と最早日課となりつつある欠伸を西行寺は礼儀悪く大きくする。どうせ誰もみていやしない。
「元気ねぇー」
独り言を呟き、妖夢と風間の稽古を見つめる。頬杖をついて、本当に退屈そうに。
「あら?」
そんな彼女の視界に、一匹の蝶が映り込む。何処から来たのだろうか。幾ら白玉楼が『春』と言えど、此処は幽冥の世界。新しい命が芽吹くような場所では無い筈だが。
「……」
彼女は、どうせ考えても答えは出ないと思い、考えるのを止めた。きっと下界から迷い込んでしまっただけだろうと思うことにした。
蝶は当ても無くふらふらと彷徨い飛び回り、やがて西行寺の肩に止まった。
「……頑張るわねー」
それは竹刀を振っている風間に向けて放った言葉。しかしその言葉は彼に届くはずもなく、結果それは独り言となる。
「本当ねー、どうしてあんなに頑張れるのかしら?」
西行寺自身、それは解っていた為、自身が呟いた独り言に返事が有ったのに少しばかり驚いた。とは言っても、彼女にはこれは日常茶飯事の出来事。さして同様などはしない。
「何時の間に来ていたの」
「たった今よ」
西行寺はその声へと問い掛ける。その返事は短く素っ気ないものだったが、彼女は気にしない。
自身の背後に在る気配。それが声の主だが、声の主が背後に『いる』もまた何時ものこと。振り返って確認もしようとしない。
それでも、西行寺には声の主が何故此処にいるのか、何をしているのか解っていた。
「面白そうでしょ? 彼」
「噂通りの外来人ね。これなら楽しめそうね」
すっ、と静かに動く気配。
「少し遊んでくるわ」
「程ほどにね。妖夢に怒られない程度に」
「ええ、勿論よ」
そして気配は完全に消える。
元通り、西行寺だけの静かな空間へと変貌する。
「あらっ」
ふと気が付けば、妖夢と風間の稽古は終っていたようで、二人とも休憩している様子が見えた。
ならば、西行寺は行動するまで。つい先程まで共に話していた声の主を、少しばかりの手助けをする為に。