東方無風伝 3
「ふぅ」と溜め息を一つ吐いて、稽古に使った竹刀を片づけに戻った妖夢を見送る。
妖夢の姿が見えなくなって、彼は考える。今回の稽古の敗因を。
今回の敗因は、やはり周囲への認識不足と言ったところだろう。もっと言えば、注意力の不足と言ったところか。
足を縺れさせ転んでしまったのが敗因、と言うのはただの言い訳にしか過ぎないのは解っている。
実際に妖怪に襲われたら、待ったなんて利かない。そのまま殺されるだけだ。
どうすれば、今回の敗因を改善出来るか考える。
注意力が無い。それは、良く言えば一つの物事に集中出来ると言うことだが、悪く言えば気配りが出来ないと言うこと。
「……ん?」
彼の思考は其処で停止する。奇妙な違和感を抱いたからだ。
ぴりっと刺すような感覚が彼の身体にねっとりとしつこく絡み付く。
視られている。直感的にそう感じた。
何に、何処から。それを知る為に辺りを見回せば、在った。
彼の視線の先に在るのは、『眼』だ。空間が裂け、異空間内に『在る』無数の眼が彼を見詰めていた。
その数は十、二十ではとても足りないくらいで、それら全てが俺の視ているのだ。その奇妙な光景にか、数多の視線を受けてか、それとも両方か。ぞっと悪寒が全身を駆け巡り、鳥肌が立つ。
無意識か本能か両方か、気が付けば俺の手は腰に携(たずさ)えられた鬼灯を握っていた。
『眼』から感じるものに敵意は無い。ただ舐め尽されるような、監視するような、好奇心なような、義務なのか、ただ他に視るモノがないから視ているというような、様々な視線が混ざっている。
それがより一層恐怖心を掻きたてるのだ。
「あ……」
気が付けば鬼灯を抜こうとしていたようで、少しだけ抜いた刀身が震える手に揺さぶられ鞘(さや)にぶつかりかちゃかちゃと小五月蠅い音を立てていた。
「……何を」
一体何を恐れる必要が有るというのだ。
あれは以前にも見たことあるもの。それは、外の世界からこの幻想郷に侵入する時に使ったものではないか。あの時はあれに入り込んだのだぞ。今更畏れる必要なんて無い。
それは、精一杯の強がりだった。
あの時と、状況が違う。あの時は、この数多の眼は俺に関心なさそうに好き勝手に蠢いていた。
今では、その全てが俺を見つめているのだ。