東方無風伝 3
仄暗い納屋(なや)。頼りになりそうも無い弱々しい光を放つ蝋燭(ろうそく)に火を灯(とも)し、妖夢は二本の竹刀を手に進んで行く。
「ふぅ……」
何時も通りに竹刀を定位置に置き、用は済んだと言わんばかりに妖夢は踵(きびす)を返し戻ろうとする。その時のことだ。
「だーれだ」
「うわ!」
冷たい何かが視界を遮った。ひんやりと、まるで凍傷になるんじゃないかと心配になる程に冷たいそれは、上から少しだけ圧迫してきて、妖夢の視界を完全に遮る。
「幽々子様?」
「あったりー」
そんな能天気な主の声と共に、冷たいそれは視界を解放する。
妖夢の主である西行寺幽々子は死人であり、亡霊である。亡霊の身体は不思議と冷たく、西行寺幽々子もまた、例外ではない。
「一体こんなところに、どうしたのですか? またお腹でも減りました?」
納屋には主が喜びそうな物は無い。だから妖夢は少しだけ不審に思った。
「失礼ね。それじゃ、私が何時も腹ペコみたいじゃない」
みたい、ではなく実際そうなのではと妖夢は思う。事実、主は途轍(とてつ)もない大喰らいである。
「んー」
「うわ、わわ」
主は背後から強く妖夢を抱きしめてくる。その顔は妖夢の髪の毛に埋(うず)もれる。
「ちょっと汗臭いわね」
「え? あ、すいません。先程まで運動していましたから」
「良いのよ、謝らなくて」
妖夢はつい反射で謝ってしまうが、謝る様なことではない。主はそれを優しく制する。
「一緒にお風呂に入りましょう、妖夢」
「え?」
「あら、妖夢は嫌なのかしら?」
「いえ、そんなつもりは」
「では、そうしましょう」
突然の誘いに驚く妖夢だが、こんな機会は滅多に無い。何時もと違う、午前中にお風呂に入ると言う少し浮ついた気持ちと、主と一緒にお風呂に入れると言う気持ちが、妖夢の気分を高揚させた。
「それじゃ、行きましょう」
「はい!」
これから起こる事を、妖夢にはその事実すら解らないようにすること。それが主の企みだとも知らずに、妖夢は嬉しそうに主に着いて行く。