東方無風伝 3
「ふふっ」
そんな風間の様子を見て、妖艶に微笑む者が一人いた。
それは先程西行寺幽々子と話していた者である。長い金色の髪に、紫を基調とした服を着込んだ、子供とも大人とも、見る者によってどちらかに二分される女だった。
彼女は自身が作り出す異空間に下半身は埋め、上半身は身を乗り出すようにして眼下を見下ろしている。自身の能力を使い、空間を引き裂く。そして、新たに生み出した光弾を隙間へと射出する。
途端、遥か眼下にいる黒い男は、突如として現れた光弾に踊らされるように避ける。
彼女は先程からその遊びを繰り返している。
彼女は賢い。人間如きでは決して辿り着けない境地に至る程に、だ。いや、人間でなくとも、彼女ほどのレベルに達する者はそういないだろう。
そんな彼女からしてみれば、この世界は計算で出来ている。彼女には世界の全てが計算で求められるのだ。
いわば、一種の未来予知。
何時、何処に、どのように光弾を放てば、眼下の黒い人間はどう動き、その後にまたどうすれば、どうなるか。彼女には全て解っている。
だからこそ、彼女は遊ぶのだ。何かイレギュラーが起きれば、計算には大きな狂いが生じ、結果、彼女の退屈した計算は面白おかしいものに変貌する。
彼女はそれを期待しているのだ。黒い人間に。
「退屈ねー」
頬杖を付いて、もう一発。
その期待しているイレギュラーが起きるわけでもなく、彼女は作業のように弾幕を放ち続ける。
所詮人間。いくら彼女が彼に対し、特別な感情を抱いていようと、結局はこの程度だったということ。
彼女は風間に特別な思いを抱いていた。
それは、警戒心。それは、彼女が風間に対して、ほんの少しでも怯えていることを現していた。
彼女は、イレギュラーを期待していて、イレギュラーを恐怖しているのだ。風間は、彼女にとってイレギュラーなのだ。
彼女ほど聡明で、力が強い者ならば、対峙すればその相手の正体が解る。
だが、彼女は風間の正体が解らないのだ。彼女ほどの人物であっても。
それは、風間自身がイレギュラーだと言うこと。彼女が最も恐れる存在だ。
だが、試してみれば、この程度。普通の人間よりかは避けられる方だが、その程度にしか過ぎない。
杞憂。彼女はその判断を下した。
そして、それが油断に通じた。