東方無風伝 3
「君ももう離したまえ。君の仲間はもういない」
ぐるるー、と唸り声で返事をする野犬A。離す気はないようだ。
仕様も無い奴め。
腕を伸ばし、ゆっくりと野犬Aの頭を撫でる。初めこそは警戒し、震えていたもの、直ぐに心地よくなったのだろう、目を細め、顎の力を緩めてきた。
「はい、お疲れ様」
と口に手を掛け足を抜く。油断していたようであっさりと抜けた。
「俺みたいな奴に、心を許しちゃ駄目だよ。君と俺は敵なんだから」
そう説いても、言葉が通じない野犬に意味は無い。
「ほれ、君の仲間ももういないんだ。新たな群れを探すなり作るなりして、新しい生活を始めなさい」
野犬の眼は揺れている。きっと解っていないんだろうな、自分がどうしたら良いのかを。
「それ、行きなさい」
ぽん、と尻を叩いてやると、野犬Aは押されるように歩いて行く。
「お前さんは生きるんだよ。此処で死んだ仲間の分も」
野犬Aは、歩いて行く。彼が生きるべく、その道を。
「優しいのですね」
少女が、刀に着いた血や脂を布で拭き取りながら言った。
「そうでもないさ。君が来るまで、あの子も殺そうと思っていたから」
「それでも、結果的には助けたでしょう? 貴方が、死ぬ運命だった犬を」
それを言ったら、あの子を助けたのは俺では無くこの少女なのだがな。と言ったところできりなくまた同じことを繰り返し言うだけだろうと解りきっているので、言葉には出さないでおく。
「そうだ、まだちゃんと礼を言っていなかったな。有難う、君のお陰で本当に助かった」
「どういたしまして。怪我の方は大丈夫ですか?」
少女が言う怪我とは、野犬Aに噛まれた足首のことだろう。
見れば、傷口は肉が抉れ捲れ、本来白色の骨が血で赤く染め上げられているのまで見える。
「酷いですね」
「これで、少しはあの子の空腹を満たせたなら、安い物じゃないか?」
「笑えない冗談ですね」
全くだ、と自分で言っておきながら少女に同意する。
「此処なら、私が住んでる屋敷が近いです。其処で治療しましょう」
「なに、こんなの唾でもつけときゃ治る」
「治りません」
きっぱりと少女に切り捨てられる。
確かに強がりを言ったものの、これは治療しないと危ない。
「少し待っててくれるか」
少女に言ってから、着物の裾の一部を無理矢理に裂く。
裂いた布を包帯代わりに足首に巻きつけきつく結ぶ。