東方無風伝 3
「天国、ねぇ」
それも有りかもしれないな。
この幻想郷は、とても居心地の良い世界だ。俺が元居た、外の世界なんか比にならない程に。
この幻想郷に吹く風は、本当に気持ちが良い。だから、この幻想郷が好きなのだ。
暖かく、楽しく、朗らかに、優しく、和やかに、愛おしく……。
外の世界の風は、言わずもがな、汚れ過ぎた。もう幻想郷の風のように、自由な風には戻れないだろう。
人間が滅びない限りは。
「だからと言って、滅びたら困るんだよなぁ」
仮に人間が滅びれば、世界も滅びるかもしれない。
人間は世界を頼り過ぎた。だから、世界もまた人間に依存し過ぎた。もうどちらも同じ存在なのだ。
彼らは、人間の為に働き、世界の為に働く。それが彼ら人間だ。
だが、この幻想郷は違う。幻想郷の者は同化しているのだ。依存ではなく、共存だ。
外の世界の生き物は、人間とそれ以外の、たった二つに別けられるだろう。
だが、幻想郷の生き物は、全てが全てなのだ。それぞれが孤立し、支え合い、混ざり合い、正に共存し合って生きているのだ。
人間も妖怪も動物も昆虫も鳥も植物も。全てが全て。
こんな世界はもう他には無いだろう。だからこそ、幻想郷は楽園になるのだ。もう何処にも無い世界だから。
「外の世界も、この幻想郷と同じだったら、その有難味は無いけれど」
なんでかそれを願ってしまうんだよなぁ。
俺はそんな、平和主義者では無いのに。
桜を見れば、まるでそれが自分の仕事と言わんばかりに散り続ける。その下に、桃色の着物女性が立っていた。
彼女は何処か悲しげに手を伸ばす。まるで自分から吸い込まれるように、その手の中に桜の花びらが舞い落ちる。
その美しい光景に眼を奪われる。桜とあの女性、その二つが揃って初めて美しさが産まれる。共存の良い例だ。
女性がこちらへと顔を向ける。俺とその麗しい眼が合い、彼女の口が動く。
「いらっしゃい、貴方を待っていたわよ」
彼女の声は、遠くて聞こえない。それでも、彼女は確かにそう言った。