ブルーバード
<4>
とてもたどたどしいコトバが、聞こえてくるのだった。
枕代わりにしていたのは本である。読み始めてすぐにうとうとしていた沖田は、机に伏せていた体を起こして左右を見渡す。音源はすぐに知れた。殺風景な沖田の部屋に不自然な色が混じっている。そこからだった。
「オハヨウ!オハヨウ!バイバーイ!」
「………」
残念ながら小鳥が発する言葉には脈絡がない。けれど確かに、それは人が操る言語なのである。
沖田が山崎から小鳥を引き取ってから今日でもう3日が経った。綺麗な色を生まれ持った小鳥は、山崎が大江戸図書館所蔵の鳥類大図鑑で調べたところ「セキセイインコ」という種類の鳥であるらしいことが判明した。
飼育本によれば、世話は比較的簡単らしかったので今は沖田が自室で匿っている。普段から手土産を携えてはちょいちょい沖田の部屋へ訪れる近藤には早々にしてバレたが、今のところ小鳥の存在を知っているのは沖田と近藤と山崎だけある。それもそのはずで、鳥籠にこそ入ってはいないが、小鳥は始終大人しく沖田の部屋で過ごしていたのだ。さえずることもしないで。
だから、まさに寝耳に水。
「お前喋れたのか…」
呆然と小鳥を見つめていた沖田は、はっと気が付いて枕にしていた本を慌ててめくる。『〜インコと大親友になれる〜 かんたん!たのしい!インコの飼い方』という長ったらしいタイトルの付いたその本の、「第五章 言葉を教えてみよう!」を開く。
本を斜め読みする沖田の隣で小鳥は愉しそうにオハヨウを繰り返した。その声を聴きながら沖田はしばし思考を巡らせる。
「オハヨウ!オハヨウ!」
「今はこんばんわの時間だぜィ」
「………」
言葉を返してやれば小鳥はじっと沖田の口元を見る。沖田はぱたりと本をとじると、おいで、と小鳥に呼びかける。
土方は、夕食をとる為に食堂へ向かっていた。その途中、煙草をふかしながら夜へと向かう空の色を確かめていると、ふと、今日は食堂と副長室、もしくは厠と副長室の往復しかしていないことに気が付く。普段だったら沖田絡みで嫌でも運動を強いられている。例えば、屯所でしたくもない追いかけっこをしたり、江戸の外れまで迷子になったアホを迎えに行ったり。だから土方の仕事も全然捗らない。そこまで思って、そういえばここ数日はずっとこんな平穏な日々を繰り返していることに思い至った。
しばらくはこんな日々が続けばいいと土方は思った。沖田に煩わされることのない日々だ。そうしたら、精神的にも肉体的にも随分と救われる。沖田とは日に二度、すなわち朝におはようと声を掛け合い、そして仕事上りにお疲れと言い合えればそれでもういいような気がする。とすれば、今日はあと一回沖田に出会えばノルマ達成だ。食堂に彼は居るだろうかと思いながら土方は良い匂いの立ち込める場所へ足を踏み入れた。
そして、デジャブ。
果たして何日前のことだったか。正確な数字は忘れてしまったが確かに在りし日と全く同じように隊士たちがひとところに群がっている。なかにはケータイを構えて写真を―――いや、もしかしたらムービー機能かもしれない―――撮っている奴も居るようだった。みな食事などそっちのけである。土方は激しい脱力感を覚えた。と同時に、激しい怒りも。
土方は一度息を吐き出して、大きく吸い込んだあと怒鳴った。
「てめェら何してやがる!」
わっと隊士たちがちりじりになる。鬼副長の怒声にのらりくらりとしていられるのは組中探したって沖田くらいだ。案の定、怒り心頭の土方の姿を認め、食事を終えていた隊士は食堂を飛び出し、(中には食事を残して食堂を飛び出した不届き者もいた。)そうでなければ自分は何も関係ありませんという顔をして離れていた席にものすごいスピードで戻り食事を再開する。(しかし、動揺だか恐怖だかのせいかごはんを鼻に運んでいたりする。)
そんな体たらくな中、ひとりどこ吹く風なのはやはり沖田なのだった。
「ちょっとちょっと土方さん。食堂は禁煙ですぜィ。その咥えた煙草は決してくだせェよ」
「あ?」
「それにまァ、しっかりマイマヨを持参しちゃって。これだからニコチンマヨなんて言われちまうんですぜィ」
「ニコチンマヨ!ニコチンマヨ!」
「ほら。ね?」
にこっと沖田が笑う。ご丁寧に小首を傾げる動作付きだった。そして、その沖田を真似るようにして沖田の方にとまった青い小鳥も小首を傾げる。
土方の中で、切れてはいけない何かがブチ切れる音がする。