ブルーバード
<5>
食堂は、真剣を抜きあった派手な喧嘩でとても食事どころではなくなった。仲裁に入ったのは山崎に呼ばれて駆けつけた近藤である。喧嘩両成敗ということで、土方も近藤に怒られたのが心底気に食わなかった。
気に食わないことは他にもある。いちいち人の神経を逆なでするようなことしか言わないしない沖田にも腹が立つし、数日前に奉行所へ預けるよう言いつけておいた鳥がまだ屯所に居ることだって腹立たしい。(しかもその鳥にニコチンマヨなどと罵られたのだ。)
「今すぐ、奉行所に突き出して来い。」
土方が沖田に向かって言うと、何故か沖田ではなく近藤が小鳥を庇ってまぁまぁと口を開いた。
「そんな可哀そうなことを言うもんじゃないぞ、トシ。奉行所に突き出せだなんて、このピヨちゃんが一体何をしたって言うんだ。痴漢か?セクハラか?いいやなにも罪は犯していない!それにほら、なかなかかわいいインコじゃないか。言葉も喋るし知的だ。なあトシよ、そんなピヨちゃんが痴漢なんかするように見えるか?」
「いや誰も痴漢だなんて言ってねェよ近藤さん…」
それ以前に、ナチュラルにピヨちゃんとか呼んでいたけどそれは名前なのかと突っ込むことも忘れてしまう。
近藤の手が大きいから、ただでさえ小さい鳥がさらに小さく見える。小鳥と戯れるゴリラ。ふとそんなフレーズが浮かんで、土方は大きく息を吐き出した。なんだかひとりで怒っているのがばからしくなった。額に手を当てて土方は唸る。
「つったってどうすんだよ、その鳥」
土方にバレるまでは沖田と近藤がこそこそと匿っていたことも後になって知ったけれど、だからってまさかこのまま屯所で飼うわけにもいかない。それ以前に、もしかしたら(というか、きっと)この鳥を探している飼い主がいる。捨てられたのでない限り、真の飼い主が血眼になって探しているだろう。だからこそ、飼い主探しも含め奉行所に、と土方は思ったのに、近藤と沖田はそんなことは考えないらしい。
「トシ、鳥じゃない、ピヨちゃんだ」
「違いまさァ近藤さん。サド丸ですぜ」
「いやどっちもネーミングセンスなさすぎだろ」
「黒猫を拾ってきてクロたんって命名したトシに言われたくないぞ」
「黒猫を拾ってきてクロたんって命名したあんたに言われたくねェです」
それは俺じゃなくてトッシーだと言い返したかったが、近藤と沖田にハモられて、揚句じっとりと睨まれて土方は黙る。2対1じゃ、どうしたって土方の負けだ。昔から何かというと沖田は近藤を味方につけるからどうしたって土方が劣勢である。
「結局こうなるんだよな…」
唸って土方はしばし瞑目した。
近藤は、明日になったら止まり木を日曜大工すると張り切っていて、沖田は愉しそうに笑っている。
沖田にはもちろんこうなることは初めからわかっていたけれど、やっぱり折れたのは土方の方だった。「飼い主が見つかるまでだからな」と、土方は沖田の方は見ないで言った。
最近の土方は、沖田を目にするとなんだかひどく疲れたような顔をする。あるいはうんざりしたような。どちらにしろ土方が抱いている感情が決して良いものでないことだけは確かだった。そして、それは沖田の方も同じなのだった。土方を相手にするとなんだかひどく疲れてしまう。気を使うような相手ではないし、むしろやりたい放題したい放題で振り回す側なのだけれど、そのたびに土方が見せる表情がどうしようもなく沖田の気に障る。
そう、数日前だって。
朝に廊下で呼び止められた時、土方はえらく不機嫌な表情で沖田のスカーフを整えた。そんな顔をするのなら、ほうっておけばいいのにと心底思う。
沖田だって、土方のあんな顔は見たくない。まるで保護者みたいな、年配者みたいな顔をして(いや実際年配者なのだけれど。)相手をされるのは嫌なのだ。しかも厄介なことに、「不快だ」という感情はいつも遅れてやってくる。あの時だって、土方の指が瞬く間にスカーフを結んだ時にはむしろ感心したくらいだったけれど、夜になってひとり布団に入った途端、むかむかとしてきたのだった。
良くない傾向だなとは思う。きっと自分も相手も、よくない傾向にある。そう、まさに倦怠期。その言葉を引き合いに出したのは沖田の方だった。それはふとした思い付きで、決して深い意味なんてなかったはずだけれど、案外今の状況を的確に言い表しているような気がする。
恋人同士だというのに、体を繋げることはおろかろくに会話もかわさない目も合わせない今の状況を、沖田はどうしたらいいのかわからない。
どうにかした方がいいのかさえ、わからない。