ブルーバード
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突如として屯所で保護することになった鳥は、愛くるしい姿をしていて、そしてたどたどしい人語をあやつる知的な鳥なのだった。山崎の仕事によると、「セキセイインコ」という種類であり、どうやらお喋りを得意としているらしい。土方が確認した範囲では「オハヨウ」「バイバーイ」「メンドクセェ」「ヤキトリ」「ニコチンマヨ」「ゴリラ」「オキタフクチョー」などと叫ぶ。後半は明らかに沖田が教えたものであろう。それから、時々土方の知らない歌を途切れ途切れに口ずさんだりもした。
適当な言葉ばかりを小鳥へ教え込む沖田は、夜にせっせと小鳥を構う以外は、なぜか真面目に働いているらしかった。いや、実際は真面目に仕事をしていると断言することは土方には出来ない。内勤の多い土方とは違い沖田は外勤が中心だから、一度外に出てしまえば仕事中の彼の裁量権はずっと大きいのだ。だから、横について土方がじっと監視していない限りは、沖田がどこでどうやって1日をすごしているのかなんてわかない。ただ、少なくとも見回りをボイコットして屯所でぐうたらしていることはなくなった。今日も、朝に顔を合わせたきり土方は沖田の姿を見かけていない。ちゃんと巡回に出ているらしい。
沖田はここのところちっとも副長室に姿を見せない。今まで、何の用事がなくとも無駄に副長室に居座っていたのが嘘みたいに、ぱたりと足が遠のいた。その代わり、と言ったら語弊があるもしれないが、沖田が副長室から遠ざかる様になってからこっち、部屋には小鳥が居座るようになっていた。
「飼い主の情報は?」
「とりあえず写真つきで張り紙は出しましたが、まだ情報は寄せられていません」
問えば、山崎は眉根を下げて首を振る。土方も自然と眉根を寄せたが、小鳥はまるで他人事だとでも言うようにいたって平和そうな顔をして副長室を闊歩している。鳥なら歩かないで飛んだらどうだ、と、もしここに山崎がいなかったら突っ込んでいるところだ。
すぐに用意された鳥籠は、結局一度も使われることなく道場横の倉庫にほうり込まれてしまった。どうやら籠に入れられるのは好かないらしく、断固拒否、の姿勢を貫いたので。
飼い主を探すのならば籠の中に閉じ込めて、適切に管理保護しておく義務もあるはずだが、この鳥はとんと逃げ出す気配がない。ということで、野放しになっている。事実彼は、屯所中をその真っ青な羽を広げて飛び回りはするけれど、たいていは人の居るところを好んで寛いでいる。例えば、昼間は部屋にこもっていることの多い土方の傍に。夜は、(確認したわけではないがおそらく)沖田と布団を共にしている。食事時などは、構いたがる隊士が多くてかわるがわるいろんな手から直接エサを受け取ったりして愛嬌を振りまいている。
土方がひとりもくもくと副長室で仕事を進めていると、小鳥は時々ひどく大きな声で言葉をしゃべる。無視をすると、甘えるように傍に寄ってくる。それでもかまってやらないと、忙しく筆を動かす土方の手や腕を攻撃したりする。仕事の邪魔ばかりする沖田が居なくなっても心は全然休まらない。
めんどくせェな、と思わず漏らしてから土方はしまったと顔を顰めた。けれど、もう遅い。
「メンドクセェ!」
土方の言葉を拾った鳥は嬉々として叫ぶ。別段構ってやる気があったわけではないのに、小鳥はそうは受け取らなかったのだ。土方の気を引こうと必死なのが、なんとなく伝わってきて土方は小さく舌打ちする。こういう健気な姿を無下に出来るほど鬼ではない。
「メンドクセェ!」
「わーったよ。相手してやるからそうデカい声で騒ぐんじゃねえ」
「メンドクセェ!」
「…ったく。」
いくらねめつけてたって相手は鳥だから全然効果がない。メンドクセェ、メンドクセェと青い鳥は歌うように繰り返す。土方が嫌そうな顔をすればするほど楽しそうにするから、土方は乱暴に自身の髪を掻き回した。掌に収まってしまうほどの小さいその姿は、どうしてか沖田を彷彿とさせる。
―――だからだろうか。どうせなら、もっとかわいい言葉をしゃべってほしいと土方は思う。
布団の上に腹ばいになって、後は眠るだけの状態だった。けれど沖田は瞳を閉じない。布団の端に丸まった青い鳥をじっと見つめる。小鳥の方も沖田をじっと見つめ返していた。
昼間も大概静かな屯所は、夜になればもっとシンと静まり返る。沖田は声を潜めるように鳥に向かって呟いた。
「ひ、じ、か、た」
ゆっくり、一文字一文字発声する。小鳥は小首を傾げて沖田の唇を呼んでいる。はやく覚えてくれないかなと沖田は思う。
小鳥の青い体は夜の闇に少し染まって暗かった。けれど、その存在自体が幸せの代名詞だ。現に、この小鳥の写真をケータイの待ち受けにするのが屯所ではプチ流行している。土方は知らないだろうけれど。
土方は相も変わらず忙しく働いているらしい。沖田の生活も相変わらずである。巡回の為に街に出て、万事屋の主人と談笑したり昼寝をしたり、こどもの相手や小鳥の飼い主探しもしている。
沖田は指先で小鳥の頭を優しくなでる。
最近の土方は沖田の名前を呼ばない。だから、土方がいつもどんな声でどんなふうに自分を呼んでいたのか忘れてしまった。そして同時に、自分がどんなふうに土方のことを呼んでいたのかも。
自分は呪いの儀式を執り行う魔女の皺枯れた声みたいに、冷たい声で土方の名を呼んでいたのだろうか。それとも、もっと別の響きを伴う声色で?
「ひじかた」
もう一度沖田は小鳥に向かってゆっくり言ってみせた。小鳥はやっぱり喋らない。何度か繰り返して言って見せたけれど、その日は結局小鳥は何もしゃべらなかった。仕方がないから沖田はもう寝ることにする。おやすみ、と小鳥に言う。