ブルーバード
<7>
副長室で残業をしていたら、沖田が訪ねてきた。彼を真正面から見たのがあんまりにも久しぶりのような気がしたので、土方はついついかける言葉を考えてしまう。けれど、土方の心の内など知る由もない沖田は口ごもるわけでもなく要件を伝えた。
「サド丸は居やすか?」
部屋をぐるりと見渡す沖田の目の大きさにどきりとしながら土方はそこ、と答える。
「鳥ならそこで丸まってるだろ」
「…あぁ、ほんとだ」
土方が右手にペンを握ったままで示した方を確かめ沖田がうなずく。
鳥は座布団の上でゆったりとまるくなっていた。
日が経つにつれ、鳥の本性が徐々に明らかになって来たように土方は思う。この鳥は、本当に人間が好きらしかった。なにせいつでも人の姿が確認できる場所に居るのだ。近藤がつくった止まり木は屯所の庭に設置されたのだけれど、そもそも人がほとんど寄り付かない、洗濯物ばかりの庭には全く興味を示さないから、当然止まり木にも関心を持たない。近藤はすっかり傷心で、それを慰める土方は大変だった。
こんなに人間が好きなら、どうか捨てたれたという可能性を殺してやりたかった。けれど、(土方に命じられて山崎が)飼い主を探し始めてもうずいぶんになるはずだがなんの情報も入って来ない。探していないのだろうかと暗い憶測も頭をよぎる。もしかして、捨てられたのだろうか。そう思うと、嫌われもの集団の、このむさくるしい隊士達にだって文句を言わず懐いている鳥が、ますます健気に思えてくる。
「サド丸、寝てんの?」
鳥へそうっと近づいて、沖田が小声で話しかけるのを土方は仕事の手を止めてみていた。ゴリラと小鳥の組み合わせは絵本の1ページみたいだったが、見目だけは申し分のない沖田と青い鳥の組み合わせも悪くない。どこかの国の神話に登場しそうな雰囲気があるな、と土方はぼんやり考える。
「サド丸ー?」
「…つーか、いい加減名前をひとつに統一したらどうなんだ」
「え?」
「お前はサド丸って呼ぶし、近藤さんは相変わらずピヨちゃんだろ。他の隊士たちもアオとかなんだとか、いろいろ好き勝手呼んでるみたいだぞ」
「はァ。そうですか」
沖田の返事は頼りない。どうでも良いと思っているのだろう。呆れたことだ、と心の内で思っていたら沖田から思わぬ問いが飛んできた。土方さんは何て呼んでるんですか、と。土方は思わず口ごもる。
そう言われれば、自分はこの鳥へ固有名詞を与えていないということに思い至る。気まずい土方の表情を読んで沖田はあきれた、と溜息をつく。
良く晴れた空の下を沖田はゆっくり歩いて行く。隊服を纏い、腰には愛刀を差しているから、外見上はあきらかに職務中であるし、実際今の沖田は勤務時間中であった。けれど、沖田がゆっくりと進むこの道は彼の巡回ルートからは大幅に外れている。
なにやら美味そうな匂いの漂ってくる方へ顔を向ければ店の前でたい焼きを実演販売している甘味処がある。沖田はふらりと立ち寄って、あんことクリームを1匹ずつ注文した。代金とたい焼きの入った紙袋を交換し、それから、沖田は懐から取り出した1枚の紙を店主に差し出す。
「すまねェが、これを店のどこかよく見えるところに貼っておいてもらえやせんかね」
「飼い主を捜しています。ご連絡は真選組まで。」紙に印字された文字を読み上げて、店主は大きく肯いてくれる。沖田は礼を行って、再びゆっくり歩き出す。
あたたかいたい焼きを口に運ぶ。歩きながら食べるなんて行儀が悪いと、隣に土方がいたら咎められていただろう。けれど、沖田の隣に土方はいない。
今頃土方は屯所でつまらない書類整理をしていることだろう。ご苦労なことだなあ、と心にもないことを沖田はつぶやく。それから、ふと別のことを思い出した。ご苦労といえば、近藤もだ。毎日熱心に小鳥に言葉を教えているのは実は沖田だけではない。近藤も、「お妙さんラブ」という台詞を教え込んでいるのだ。けれど、一向に覚える気配がないのだと、しょげていた近藤のことを思い出す。何事にも前向きな大将だが、張り切って作った止まり木はスルーされ、言葉も覚えてもらえないとなるとさすがに落ち込むというものである。
不意に立ち止まると、すぐに踵を返して沖田はもと来た道を戻り始めた。たい焼きを焼いていた主人は沖田の再来に少し驚いた顔をしたけれど、沖田の望み通り作りたてのたい焼きを土産用に包んでくれる。