ブルーバード
<8>
先ほどから幾度となく己の名前が呼ばれていたけれど、土方は一向に仕事の手を止めることはしなかった。
副長室には土方と山崎が居たが、執拗に土方を呼び続けているのは山崎ではない。
「ヒジカタ!ヒジカタ!」
人語を喋る賢い鳥が土方の名を連呼する。人の名前を(呼び捨てで)誇らしげに呼んでいるのだ。うんざりする。小鳥は、覚えたての新しい言葉を披露したくてしたくて仕方がないらしかった。
「ヒジカタ!…ヒジカタ、ヒジカ、タ」
「あれ、少し元気がなくなってきましたね。副長が無視するからじゃないですか」
「なんで俺がいちいち答えねェとなんねェんだよ」
「だってこんなに一生懸命呼んでるのに、可哀そうじゃないですか」
「一生懸命?可哀そう?一生懸命仕事してんのはこっちだっつの!それなのに邪魔されて可哀そうなのも俺の方だ!」
「ヒジカタ…」
「あ、副長が酷いこと言うからしょげちゃいましたよ」
「………」
どうせこちらの会話など理解してなどいないくせに、そんな切なそうな声を出すなと言ってやりたい。これじゃあ俺がいじめているみたいだと土方は不本意に思う。山崎が、非難するように土方を見ているのも気に食わない。
「ったく。」
仕方なしに土方は仕事の手を止め、鳥の方へ振り返った。
「さっきから何、」
「死ネ!」
律儀に答えてやろうとしたというのに、目があった瞬間そう言われた者の気持ちは、きっと当事者にしかわからない。ここのところ沖田との接点が少ない日々を送っていた為か土方のストレスは大分緩和されていたはずだったが一気にメーターを振り切った。手にしていた筆をへし折らんばかりに怒りが噴出する。
「そんなに焼鳥にされて食われてェのかてめェ…!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください副長!」
鳥を絞殺さんばかりの土方に山崎がしがみ付く。鳥は、ぱっと羽ばたいて部屋の中を飛び回りながらヒジカタ!死ネ!と楽しそうに繰り返す。命知らずなのである。
「今夜は焼鳥を肴に美味い酒が飲めそうだぜ…!」
「副長ストーップ!アオは意味もわからず喋ってるだけですから!怒るならアオじゃなくて沖田さんでしょ!」
こんな言葉を教え込むのは沖田さん以外いないのだから、と山崎は言葉を続ける。
土方は、本物の鬼より恐ろしい形相をしたまま成程なと吐き捨てた。成程、確かに、自分が腹を立てているのは鳥にではなく、沖田に対してだ。今土方の目の前に居る鳥ではなく、ここにはいない、沖田に対して。
飛び回る鳥の軽快な羽音を聞きながら、土方は総悟の奴めと低く低く吐き捨てる。
沖田は今日も朝から屯所を出る。適当に警邏のルートをなぞりつつ、時折逸れてケーキを買ったりしながら目的地へやって来た。小鳥の飼い主探しの依頼をしておいた万事屋である。
「何か情報はありやしたかィ」
手土産を渡しつつ問う。それを食べるのは仕事が終わった後にしてくださいねと、厳しい言葉が新八から寄越されて、銀時はしぶしぶ沖田と向き合った。神楽は定春の散歩に出ているらしく、ケーキは静かに冷蔵庫へしまわれる。それを、横目で追いながら銀時はやっと沖田の問いに答えをくれる。
「それがなァ、悪いがこれといった情報は得られなかった」
寄越された言葉は予想通りだった。だから、沖田は落胆することもなくそうですかと短く返す。
飼い主の捜索範囲は大分拡大していたし、そもそも、探し始めてからもうずいぶん経つ。それなのに情報がひとつも得られないということがどういうことなのか、沖田にだって嫌でも想像がつく。あの美しい小鳥は、逃げ出してきたのではない。
「こりゃいよいよウチで飼うしかねェですかねえ」
「そんなん土方は許すのか?」
「許すも何もサド丸はえらく屯所を気に入ってんでさァ。それにね、旦那。土方さんもあれで結構サド丸のこと気に入ってんですぜ。山崎の話じゃ文句を言いながらもそばに居ることを許してるらしーですし」
「…マジでか」
「びっくりですよね」
沖田がひらひら手を振って言うと、何故か銀時は意味深に「へぇぇ」と相槌をした。その意図が沖田にはわからなくて面白くない。
その後も適当にニ、三言葉を交わして沖田はさっさと腰を上げた。それじゃあ俺は帰りますんでと断って玄関に向かう沖田の後を、新八が見送る為についてくる。そして、少し遅れて銀時も。珍しいこともあるもんだ、と沖田は驚いた。普段の銀時だったら、見送る時間があるくらいなら一直線に冷蔵庫のケーキへ走っているはずである。
驚くというよりも不審に思いながらブーツを履いていると、後ろから「そういえば」と少しわざとらしい台詞が寄越された。沖田は足元へ落としていた視線を上げて銀時を見る。
「そういえば?」
「いやさ、俺ずっと思ってたんだけど、サド丸とお前って似てるよな」
「…はい?」
意味がわからず沖田は首をかしげる。何だか今日の銀時の傍はものすごく居心地が悪いと沖田は思う。銀時の隣をとても気に入っているだけに、沖田は戸惑った。それに、銀時はにやっと笑うけれど、沖田はぜんぜん笑えない。
「なにが似てるっていうんです」
「ほらほら、同じ色ジャン」
「なにがですか」
意地悪くじらすみたいに「あー」とか「ほら」とか「あれだ」とか、意味のない言葉を続けるからしびれをきらして睨んでやった。銀時はおかしそうに肩を竦めてやっと先の言葉を続ける。それは全く沖田の想定外の言葉だった。
「お前の目の色と、サド丸の体の色だよ」
同じスカイブルーだろと銀時が得意げに言う。