ブルーバード
<9>
一体なんの呪いか。見れば見るほど、日が経てば経つほどに、土方にはその鳥が沖田に見えてくるのだった。
愛くるしい姿形でほほえましい仕草をみせるくせに、口を開けば死ねだのヘタレだの、可愛くない罵声を繰り返す。少し目を離すと、机に出しっぱなしだった煙草を突いてすべてダメにしてしまったり、畳んでおいた隊服の上着の上には粗相をする。沖田が可愛がる鳥は、沖田に似て土方を怒らせるスペシャリストなのである。そして、日ごとにますます似てくるのだった。
「これからは沖田二世と呼ぶか。それとも、」
少し前に、鳥のことをなんて呼んでいるのか沖田に問われた。その時は答えられなかったが、鳥のことを「総悟」と呼ぶのは妙案な気がしてくる。
厠へ行く為にいったん席をはずしていた土方は、戻って来てから始末書に小鳥の足跡を発見して苦い顔をする。件の鳥は、平和そうな顔をして、土方の方をどうしたのとでも言いたげに見ているだけである。このふてぶてしさは本当に、沖田そっくりだ。
「お前のせいだぞ、総悟」
足跡を指さして、鳥にそう言ってみる。ちょこんと小首をかしげただけで、鳥はなにも喋らない。
「総悟、あんまり悪さばっかりしてっと焼鳥にして食っちまうぞ」
「………」
「聞いてんのか?」
「…ヤキトリ」
「あぁそうだぞ、わかってんじゃねーか」
こっちの総悟はあいつより頭がいいかもしれないな、などと適当なことを考える。土方は溜息をついて小鳥をまっすぐ見つめる。
「焼鳥にされたくなかったら、せいぜいイイ子でいるんだな」
脅すみたいにそう言ってやったら、小鳥がうなだれたように見えたのは土方の気のせいだろうか。
不意に、これ以上この鳥を傍に置いておくことがたまらなく我慢ならない気持ちになる。
屯所の玄関で山崎と話し込んでいた沖田はおいと声をかけられて振り返った。煙草を乗せた土方が立っている。変わり映えのしない登場の仕方だと逆に感心してしまって沖田は、お決まりの「俺ァ「おい」って名前じゃないんですけど」とぼやいてみせることもしなかった。
「なんですかィ」
「ちょっと話がある」
「奇遇ですねえ。俺も話があるんでさァ」
土方は一瞬嫌そうに顔を顰めたが、すぐに踵を返した。山崎と別れて沖田はその背中についていく。
最近は滅多に訪れていなかった副長室で向かい合う。さっと部屋を見渡したが、小鳥の姿はどこにもなかった。夕食の時間に近いから、食堂あたりへ出張しているのかもしれない。
先にお前から、と言われたので沖田は素直にうなずいた。
「サド丸の飼い主の件ですがね」
山崎とも話していたが、やはり目ぼしい情報は得られなかったことを短く伝える。張り紙を掲示する範囲も大分拡げたし、顔の広い万事屋の主人にも手伝ってもらったがやはり有力な手掛かりはひとつも得られなかった。
「こりゃァやっぱり捨てられたか、それか、ずっとずっと遠くから飛んできたに違いありやせん」
「…そうか」
山崎は、どうしたらいいんでしょうねと心底困った顔をしていたけれど、土方はあまり普段と変わらないように沖田には見えた。鬼の副長とはよくいったものだと沖田は思う。
屯所で飼う、というのは、沖田としては本気の考えだった。近藤ははじめからノリノリだったし土方だって近藤が喜ぶことならなんだかんだでノーを返せない人間なのだから当然の流れだと思う。それに、エサの買い出しやらフンの世話やらは山崎に任せれば問題ない。山崎は既に本来の「監察方」という肩書が見えなくなるくらいその上に違う肩書を背負っていて、「雑用係」「奴隷組」などという肩書を(不本意ながら)ほしいままにしているから、今更「飼育係」という新たな肩書が付いたって文句は言わないだろう。
今この場で、小鳥を屯所で引き取る旨の了承を得ようかと思ったが、沖田が話を振る前に土方が口を開いた。
「俺の話もあの鳥のことについてだ」
「…鳥って、」
まだ名前決めてなかったのかと沖田は驚く。土方はまるで疾しいことがあるみたいに気まずげな咳払いをして、唇にのせていた煙草に歯を立てる。それでサド丸がどうかしたんですかと沖田が問えば、土方は思い切り苦い顔で言った。
「お前、あの鳥に変な言葉を教えてんじゃねェよ」
「はて。なんのことでしょう」
「しらばっくれるな」
睨まれたので沖田は形式的に肩を竦める。
「なんでェ、鳥相手に、ちょっと罵声を受けたからってそんなにカッカしちまって情けねえ」
「ちょっとじゃねーよ常時だよ!」
その時のことを思い出したのか、土方は苛立たし気に髪を触って眉根を寄せる。沖田は自身が小鳥に教えた言葉をひとつひとつ思い出しながら、はたして土方がここまで機嫌を悪くするようなセリフなどあっただろうかと考える。答えは否だった。確かに土方へ対する暴言も教えたには教えたが、今更その程度の悪口でこうも土方が怒るわけがないのだ。なにせ、沖田に言われ慣れていて免疫がついているはずである。むしろ、沖田の方がもっと性質の悪い罵声を浴びせかけているのだ。小鳥に教えた暴言などささやかなものである。
土方があんまり不機嫌に顔を顰めているから、逆に沖田はどんどん感情が静まっていく。もう退出してしまおうかと沖田が腰をあげかけたところで、閉め切っていなかった副長室の障子の隙間からするりと青い色が飛び込んできた。驚いて沖田が目を瞬くと、振り向いた土方も小鳥の侵入に気が付いたらしく舌打ちをする。
小鳥はたった今己のことが話題にあがっていたことを知る由もなく、ふわふわと跳躍しながら沖田と土方の傍までよってきた。ともに胡坐をかいている土方と沖田の、どちらの膝の上に飛び乗ろうかと思案するみたいに小首を傾げる動作をする。
小鳥の仕草を見守りながら、沖田は銀時に言われた言葉を思い出していた。サド丸とお前って似てるよな。別れ際に銀時はそう言った。そして、きょとんと動きを止めた沖田を笑って、さらに言葉を続けたのだった。
「なんでサド丸とお前がダブるのかって思ってたけど、たぶん同じ色を持ってるからだな」
依頼をしたとき資料として手渡していた小鳥の写真を懐から取り出して銀時がにたっと口元を引き上げるのを見ながら、なるほどと沖田は思った。確かに、自分の瞳の色と小鳥の色は似ているような気がする。けれど、別段珍しい色ではないと沖田は考える。どこにだって転がっている青色だ。それこそ、天気が良ければいつだって頭上に広がっている色なのだ。だから、この小鳥と自分は同じ色を持つだけで全然似てやしないと沖田は思う。
「偉そうな感じで人の名前を呼び捨てで連呼しやがる」
不意に、まだ土方の愚痴が続いていることに気が付いて沖田は自分が副長室に居ることも思い出した。退出のタイミングを計り損ねてつまらなく思う。
「それに、死ねだのニコチンマヨだの腹の立つことしか言わねェじゃねェかよ」
「はァ」