赫く散る花 - 桂 -
けれど、銀時は黙っている。
攘夷志士のてめーに言われたくない、などと反論してくるかと思っていたのに。
桂は眼をあげて、銀時の表情をうかがう。具合が悪そうには見えないが。
すると、銀時は口を開く。
「浅草の将校とかいうヤツの真似してみようかと思ったんだ」
「……それはもしかして深草少将のことか?」
「そう、ソレソレ」
銀時が言っているのは、おそらく百夜通いのことだ。
平安時代、絶世の美女ともうたわれた小野小町が宮仕えを辞して郷里に帰った際、彼女を恋い慕う深草少将は求愛したが、小野小町から百日通い詰めることができれば想いを受け入れると告げられた。
それから、深草少将は毎日、深草から小野の里まで通い続けた。
だが。
「あれは最後死ぬんだ。縁起でもないことを言うな」
九十九日目の夜、深草少将は小野小町の元へ向かう途中で死んでしまった。
あと少しのところで願いは叶えられなかったのだ。
「けど、同じことをやっても、同じ結果になるとは限らねェ」
平然と銀時は言った。
桂は黙りこむ。
もしかして昨日から始めていたのかも知れない。この家まで送ったのはそういう意味だったのかも知れなかった。
本気で百日通うつもりなのだろうか。
そう思うと、桂の心はかすかに揺れた。
「……お前さァ、さっき俺の心配しただろ。だけどな、お前と出逢うまえ、俺の心配をするヤツはひとりもいなかった。たとえ、俺がずぶ濡れになっていても、誰も心配しなかった。俺が病気になるなんざ思ってないし、病気になったって構わなかったんだ」
銀時は淡々とした口調で話した。
いきなり話は変わってしまったが、その内容に桂は眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「……この間、お前、俺が孤児だったのかって聞いたよな?」
たずねられたことに答えず、銀時はまた話を変えた。
しかし、気になっていたことであったので、それまでの話にこだわらず、桂はうなづいた。
「ああ」
「あれは、合ってる」
つまり、孤児だったと認めた。
銀時は眼を逸らす。
一瞬、桂は呼吸を止めた。それを静かに吐き出しつつ、銀時をじっと見る。続きを話す気配はない。
「……つらいのなら、これ以上はもういい。どうしても聞きたいわけではないからな」
できるだけ穏やかに告げる。
すると。
「親が死んだんじゃなくて、捨てられたほうだ、俺は」
感情のこもらない声で銀時は言う。
その台詞は桂の胸にずしりと重くのしかかった。
「……口減らしか?」
家が貧しくて銀時を養えなくなったのだろうかと思った。
「いや」
銀時は否定する。
そして。
「そんなんだったら、まだマシだったかも知れねェな」
そう言って、銀時はふっと笑った。自嘲的で、寂しげな笑み。
桂は言葉をなくす。自分が聞き出して良いことだったのだろうか。本当にこれで銀時は楽になったのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio