赫く散る花 - 桂 -
桂は歩く足を止める。上がり框から降りない。
「なんだ?」
堅い声でたずねる。
たとえ惣兵衛がらみでなにか重大なことがわかったのだとしても、今度は家のなかに入れるつもりはなかった。
「特に用はねーよ」
「ならば、帰れ」
素っ気なく告げた。
「わかった。そうする」
銀時はあっさり引き下がった。磨りガラスの向こうの人影が動く。
その時。
ハックションッ、と派手なくしゃみが聞こえてきた。
桂ははっとした。
外は土砂降りなのだ。
「待て、銀時!」
裸足のまま土間へ降り、戸に駆け寄ると鍵を開けた。
戸を引くと、階段のほうを向いていた銀時が顔だけ桂のほうに向ける。
その姿を見て、桂は唖然とした。
「……傘をささなかったのか!?」
川にでも飛び込んできたかのように、銀時は全身びしょ濡れだった。
「あ? 傘? こんな感じなんだけど」
銀時は傘を持ちあげて見せた。骨が三本折れてしまっている。暴風雨のせいだろう。これでは使い物にならない。
「……なかに入れ」
桂は低い声でうながした。
家のなかにあげた銀時を風呂場へと直行させた。
桂は悩んだが結局、自分の寝間着を一枚提供することにした。銀時の服はひどく濡れていて、あれをふたたび着せるとなれば、風呂に入れた意味がなくなる。
まったく、あいつは一体なにを考えてるんだ、とため息を吐きたくなった。
こんな大雨の夜に用もなく来て。
そう思いながら、茶を淹れる準備をした。
やがて、銀時が風呂から出て、居間にやって来た。
桂は急須にポットの熱湯をそそぐ。
「……俺、風呂からあがったばっかりで暑いんだけど。いちご牛乳とかねーのか」
「そんな軟弱なもの、うちには置いておらん」
フンと鼻を鳴らすと、急須を湯呑みに傾けた。
その間に、銀時は桂の近くに腰を降ろし、あぐらをかく。
茶を淹れ終わると、熱を帯びた湯呑みを机の上を滑らすようにして銀時の横まで進めた。
銀時は湯呑みに手を伸ばす。
「あちっ」
湯呑みに触れると同時に声をあげ、手を離して軽く振った。
「軟弱なものばかり飲んでいるからそうなるんだ」
「いや、そりゃ関係ねーんじゃねェの? いちご牛乳飲んでなくても熱いだろ、これ」
そう言い返しながら、銀時は湯呑みを手に取った。
桂は銀時が茶を飲む様子を見ていたが、少しして、眼を伏せる。正座している足に視線が落ちた。
「……後で客用の布団をこの部屋に持ってきてやるから、今日はうちに泊まれ」
そうするしか仕方ないように思う。服は乾いていないし、風邪を引きかけているかも知れない銀時に、雨風が吹き荒れるなかを帰れとは言うのはあまりにも酷だろう。
「お前がなにを考えているのかさっぱりわからん」
つい不満が口から出る。
「どうして、こんな時にわざわざ来るんだ。この状況で外を歩けばどうなるか考えればわかることだろう。お前は確かに身体が丈夫だが、病気にならぬわけではないし、怪我をしないわけでもない。だから、あまり無茶はするな」
説教をした。
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio