赫く散る花 - 桂 -
五、
階段を昇る足音が聞こえてきて、やがて呼び鈴が鳴った。
誰が来たのか、わかる。
桂は居間の机のまえから離れ、玄関へと続く廊下を歩く。
「……誰だ?」
念のために聞く。
「俺」
案の定、戸の向こうから銀時の声が返ってくる。
桂は土間に降りて草履を引っかけて戸のほうへ近づいていった。
鍵を開け、戸をガラガラッと引く。ひどく冷えた夜気が入ってくる。
外には銀時が立っていた。
「よォ」
短く桂に挨拶する。
そして。
「なかに入っていいか」
「なにを今さら」
桂は退いた。
「戸、閉めておいてくれ」
そう告げると、くるりと身をひるがえして銀時に背中を向ける。さっさと土間からあがった。
銀時は家のなかに入り、戸を閉め、ブーツを手早く脱ぐ。
その様子を桂は上がり框から見ていた。
視線に気づいて銀時が桂のほうを見る。
「なんだ」
「いや、なんでもない」
素っ気なく答えると、ふたたび銀時に背中を向けて歩き出す。
その直後、銀時が上がり框にあがったらしい足音が聞こえた。
「なァ、ヅラ」
呼びかけられたので、桂は足を止め、ふり返る。
「ヅラじゃない、桂だ」
「百夜通いってさァ、中断した時って、続きからでいいのか、それとも始めからやり直しか」
そうたずねる銀時を桂はじっと見た。
銀時は昨日退院したばかりである。
退院した翌日、つまり今日からまた通い続けるつもりでいるらしい。
どうしてここまで諦めが悪いのか。
攘夷は諦めてしまったくせに。
いや、もしかしたら攘夷も諦めていないのかも知れない。
ただ戦が嫌になっただけで。
攘夷といっても、銀時はあの夜兎族の少女と暮らしているし、桂も今は里帰りしているがエリザベスと暮らしているぐらいだから、天人をすべて地球から追い出したいわけではない。一部の天人が幕府をほぼ乗っ取ってしまっているのが問題なのだ。彼らは自分の利益のためだけにこの国を動かし、この国もこの国の人々のことを考えていない。それがこの国とこの国の人々を苦しめる。その体制への疑問と怒りは銀時の胸にきっとまだ残っているはずだ。
眼に見えるものがすべてではなくて、想いもすべて表に出しているわけではない。
特に銀時は隠すのがうまい。
一体いつからなのか桂にはわからない。いつから、友情ではない想いを抱くようになったのか。どれぐらいの間、想いをひそかに溜めこんできたのか。わからない。
だから、自分のほうが分が悪い。
「……もうやめたらどうだ」
「なんで」
「ムダだからだ」
「そんなの、最後までやってみなけりゃわからねーだろ」
銀時は食い下がる。
揺るがない強い眼差しを桂に向けて。
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio