赫く散る花 - 桂 -
背中を抱かれる格好でがっちりと抑えこまれる。
なんとか腕のなかから逃れようともがき、言葉を出せない口の代わりに喉の奥でうなり声をあげた。
だが、銀時の抱き締める力はますます強くなり、桂が懸命にふりほどこうとしてもびくともしない。銀時の力が並はずれて強いのは知っていたが、これではまるで大人と子供だ。自分は決して非力ではないはずなのに、と悔しく思う。
塞がれているのは口だけだから鼻で呼吸できるものの、妙に息苦しかった。口を塞ぐ銀時の手のひらが、熱い。
さらにぎゅっと抱き締められて、長い黒髪に頬をすり寄せるようにして顔が肩の上までくる。
吐息を間近に感じる。
密着している背中から体温が上昇していく。身体のなかで心臓がどくどくと速く力強く打ちつける。
ふいに、銀時の腕の力が弱まった。桂の口を塞いでいた手のひらが下へ降ろされる。
そして。
「……桂」
名前を呼んだ。
一瞬、桂は逃げるのを忘れ、背中を預けたままでいた。
しかし、すぐにはっと我に返る。強引に身をよじって手を動かし、銀時の拘束から抜け出した。
部屋のなかに数歩進んだところで、銀時に背中を向けている不安を感じて、身をひるがえす。やはり銀時は追ってきていた。桂は銀時を睨みつけ、後退る。
「来るな!」
言ったところで効果はないだろうとわかっていても言わずにはいられなかった。
桂が後退するよりも銀時が近づいてくるほうが速くて、ふたりの間の距離はどんどん縮まっていく。
厳しい表情で迫ってくる銀時に圧倒されてしまいそうになる。
気がつけば、壁際まで追いつめられていた。
しまった、と思う。
気が動転しているのだろう。いつもならこんな逃げ道を減らしてしまうようなことはしないのに。
桂は壁に背中をつけて横に移動する。
だが、銀時はあっさりと距離を詰め、桂の進もうとしている先の壁にダンッと手を置いて、腕で行く手を阻む。桂は反対の方向に身を転じたが、そちらも同じように腕で塞がれて進むことができなくなる。
逃げられない。
銀時の手が動いて桂の肩をつかんだ。正面を向かされる。だから、顔だけは精一杯背けた。銀時と眼を合わせたくなかった。眼を合わせたら呑まれてしまうのではないかと恐れている。銀時が恐い。けれど、その恐怖心を悟られるわけにはいかない。
「……お前に避けられて、今日一日考えたけどな」
銀時は低い声で言う。
「やっぱり諦められねェ」
「勝手なことを言うな!」
そう怒鳴り、桂は銀時のほうを見たが、即座にまた顔を背けた。
「俺は、貴様に、好きではないとちゃんと告げたはずだ!」
それは友人としての意味ではないのならという前提があってのことだが、今はそこまで正確に言う場合ではない。
拒絶しているのに、銀時はさらに身体を寄せてきた。
「それでも好きだと言ったらどうする?」
顔のまわりの空気だけ、温度が急にあがった気がした。
口を塞がれていた時のような息苦しさを覚える。
心臓がやけに鳴っていて、嫌だ。
「知るか! なんと言われようが応えるつもりは一切ない!」
断言した。
すると、銀時は桂の肩をつかんでいないほうの手を動かす。その右手が桂の頬に触れ、顎をつかんだ。背けていた顔を無理に銀時のほうに向けさせられる。
さっと眼を逸らしたが、顔が近づいてきているのを感じ、銀時を見た。
銀時の息がかすかに桂の顔にかかる。
なにをしようとしているのか明白で。
比較的自由になる右手に力を入れて銀時を押し戻そうとした。
けれども、銀時は押し戻されてはくれなくて、迫ってくるばかり。
背けようにも顔は手でしっかりと固定されていて。
焦った。
作品名:赫く散る花 - 桂 - 作家名:hujio