天の花 群星
一方、桂は眉間の皺をいっそう深くした。その険しい表情から村を襲撃した天人軍に対し憤っているのがわかる。
城というものは攻められることを想定して築造されているので、攻城側の兵力が籠城側のそれよりも優勢であっても、城郭を力攻めで陥落させるのは簡単なことではない。そのため、攻城側は籠城側の三倍以上の兵力が必要であるとも言われている。
天人軍は兵の数では籠城側の兵の数を大きく上回っているが、その数の多さだけで楽に勝てると思ったのだろうか。それとも、最初からいざとなったら近隣の村を襲って食糧を奪えばいいと考えていたのか。
どちらにせよ桂にとっては怒りの対象にしかならない考え方に違いない。
城から助けを求める伝令がやってきて、その頼みを承諾したあと、桂は伝令を返し、斥候を送り出し、そして、兵糧を用意するために奔走した。
支援者たちから集めた資金で購入した大量の兵糧は、今、馬の背に乗せて運び、将である桂や高杉や坂本も含めて兵士はすべて徒歩で行軍している。
ふと、志士たちの間にざわめきが起きた。
今度は敵か。そう銀時は思ったが、すぐにそれを否定する。これは敵ではないと鋭く研ぎ澄ました神経が感じ取ったのだ。
やがて、男がふたりやってくるのが見えた。歳の頃はどちらも三十代後半ぐらいだろうか。身なりからして、農民だろう。ひどく怯えている。しかし、怖々といった様子ながらも、近づいてくる。
「なにか用か」
桂がふたりに問うた。
すると、ふたりは立ち止まり、膝を折った。そのあと山道に正座すると、手のひらを地につく。
「ぶ、無礼を承知で、お願いします。どうか、どうか、わしらに食べ物をわけてください……!」
「何卒お願い申し上げます!」
農民らしき男ふたりは額を地面にこすりつけんばかりに深く頭を下げた。
銀時はあっけに取られた。
そのとき。
「おんしら、もしかしてこの山の麓の村の者かァ?」
坂本が聞いた。
その脳天気な声につられるように農民ふたりは頭をあげ、坂本のほうを見てうなづく。
「はい」
坂本はふたりの正面で膝を折って、座る。
「天人軍に襲われたっちゅー村の者ながか」
「はい!」
ふたたび農民ふたりは強くうなづいた。
「ヤツらはうちの村に突然やってきて、食う物や金目の物を根こそぎ奪っていきました」
「それで、食う物がないから、こうして山に来て、なにか食える物がないか探してるというわけです。でも、もうすぐ冬だ。冬になれば山で食う物を探すこともできねェようになる。だったら、冬になるまえによそに移りゃいい。だが、金目の物まで全部持っていかれたから、移りたくても移れねェ」
「このままだと、わしらは冬を越せねェ。うちの村の者は、みんな、腹ァ空かせて死んでいくんだ」
ふたりはすがるような眼で坂本を見て、切々と自分たちの村の窮状を訴えた。
そして。
「だから、どうか、わしらに食い物をわけてください!」
「お願いします!」
そう懇願し、また深々と頭を下げた。まさに生きるか死ぬかの切迫した状況に置かれているのだろう。
坂本がふり返る。
眼が合った。坂本の眼は、どうするかと問いかけていた。
だが、銀時はなにも返事をせず、桂のほうに眼をやる。
桂は農民ふたりを見ていた。その紅唇が動く。
「わかった」
「ちょっと待て」
ふたりの頼みを承諾した桂を、高杉が止める。
「てめーひとりで勝手に決めんじゃねェ。てめーひとりのための食糧じゃねェだろうが。言っとくが、俺ァ、反対だ。籠城するなら備蓄はちょっとでも多いほうがいい。コイツらにわけてやる余裕なんざねェんだよ。コイツらにわけてやっても、俺たちにはなんの得もねェんだからな」
鋭い双眸を桂に向け、喧嘩腰に言った。
農民ふたりは頭をあげていて、身を堅く縮こまらせ、固唾を呑んで成り行きを見守っている。
「高杉」
しかし、桂は平然としていた。
切れ長の黒目がちな眼を高杉のほうにすっと走らせ、冷静に問う。
「本当に俺たちにはなんの得もないのか」