天の花 群星
気づいていたかと、つい桂の口元はほころんだ。
「ああ」
「なんか楽に勝てそうな方法でもあんのか」
「具体的な策は高杉に考えてもらうつもりだ。というか、高杉はすでに考えているだろう」
「細けェことはどうでもいい。勝てるんだな?」
銀時は語気を強めて確認してくる。
負け戦なぞ最近まるで経験していないのにやけに勝ちにこだわるものだと思う。
ただし、城攻めは最も愚かな策であると孫子では述べられているが、籠城する側にしても自分たちが劣勢であるからそうするしかないといういわば最終手段である場合が多く、今回もそうで、その籠城している側を助けに行く自分たちも天人軍と比べれば兵の数では負けており、状況は厳しい。
それに、こういう状況でなくても、勝ちにこだわるのは当然だろう。
だが、それにしても、銀時はいつも物事にはあまりこだわっていないように見えるし、こだわっていないように見せたがる。だから、こんなふうに聞いてきたのは意外だった。
おそらくそれだけ仲間に対する思い入れが深くなっているからなのだろう。こだわっているのは自分の命ではなく、おそらく、仲間の命だ。
もともと銀時には自分の身を危険にさらしてでも仲間を助けたい護りたいという強い意志がある。もっとも普段はそれを表に出さないようにしているようだが。
銀時は助けたり護ったりすることで貸し借りのようなものが生じることを避けているように見える。貸しということになれば、いずれ借りを返させることになる。そういうことが苦手なのではないだろうか。貸したのではなく、こちらが勝手にやったものだから、なにも返す必要はない。そんな感じだ。他人になにかを求めることが苦手なように見える。
昔のことを思い出した。
まだ幼かった頃のことだ。桂が隣家の桂家に養子に入るまえで和田小太郎だった頃のことである。
近所の川の橋の下に天人の子が住み着いているという噂を聞いた。なにをされるかわからないから決して眼を合わせてはいけないと大人から言われた。その橋は松陽の塾に行く途中にあるので、噂を聞いてほどなくして、その天人の子を見かけることになった。銀色の髪をしたその子供は無表情だった。感情なぞないような、生まれてからただの一度も笑ったことなぞないような顔をしていた。ついじっと見ていると、視線に気づいたらしいその天人の子は幼い桂のほうを向いた。けれど、すぐによそを向いた。ほんの少しの間だけ桂に向けられた眼にはやはり感情は一切なかった。
その数日後、松陽がその天人の子を自分の家に連れてきて住まわせるようになった。名前を聞いても答えないので松陽がつけたらしかった。坂田金時から取って、髪が銀色だから、銀時にしました、強そうないい名前でしょう。そう松陽はいつもの穏やかな笑みを浮かべて話していた。
銀時の顔に感情が表れるようになったのはいつからだったのかは思い出せない。ただ、松陽は様々なことを銀時に教えていたが、笑うことを銀時に教えたのも松陽だったのだろうと桂は思っている。
おそらくそれまで他人からなにかを与えられることがほとんどなかっただろう銀時に、あたりまえのようにいろいろなものを与え続けた人だった。松陽は。
「なァ、銀時」
桂はそう呼びかけつつ、しかし眼は夜空へと向けた。
空には細い三日月が浮かんでいて、星が綺麗に見える。その星の中でもひときわ強く光っている星を指さす。
「あの星の漢名を知っているか」
問いかけながら銀時を見る。
「ああ? 一体ェなに言い出すんだ、テメーは」
やっと銀時が桂のほうを向いた。わけがわからないといった様子で顔をしかめている。
桂は構わず続ける。
「北落師門というんだ。東西南北の北に、落ちる、師匠の師、南大門の門と書く。南の空にあるのに名前に北が入ってるのは妙だと思わないか」
「だから、一体それがなんだってんだ」
「あの星、北落師門は兵星だと見られていて、もしもその輝きがかすかなときは軍が滅ぶとも言われている。そして、逆に、あんなふうに明るく輝いているときは」
「軍が勝つってか」
「ああ」
力強くうなづいて、桂は笑う。
銀時は軽く鼻を鳴らした。
「だが、どっちの軍が勝つかはわかんねーだろ」
「ひねくれ者だな、貴様は。せっかく俺が縁起のいいことを言ってやっているんだから、それを信じておけばいいものを」
「信じてほしけりゃ、もうちょっとマシなこと言え」
素っ気なく言い、銀時は視線を外した。
しばらく、お互い無言だった。
やがて桂は口を開く。
「銀時」
「なんだ」
「俺たちは勝つ」
ふたたび銀時の眼が向けられた。
その眼差しを受け止め、桂は続ける。
「絶対だ」
断言した。