東方無風伝 4
「力を貸してやる。イメージしろ。自分の身体を操るのと同じことだ。それをお前の力にしてやる」
彼は能力を発現させる直前にそう言われたのだ。
それは、この世界に存在するもう一人の彼の言葉だった。
彼は理解していた。この能力が自分のモノではなく、もう一人の自分から与えられた借り物だということを。
彼はまだ未覚醒なのだ。故に、彼は力を使うことは出来ない。借り物の能力に過ぎないのだから。
「初めての能力の使い心地はどうだった?」
「楽しいものだ。これが貴様からの借り物でなかったらどれだけ良いものだっただろうな」
くすくすと笑うこの世界の彼。その笑いは彼を小馬鹿にしているようで風間を苛つかせるだけだった。
「貴様の力を借りる事態に陥るとは、自分が情けなく思えてくるな」
「本当に情けない野郎だなお前」
「殴らせろテメェ」
「やれるものなら、どうぞ」
「チッ」と舌打ちを一つ吐く。本当に殴ってやりたいが、こいつには実態がない。殴る事なんて出来やしない。
この流れは、俺達の間では恒例のものとなっているようだ。
「……どうして、俺とおまえは同じ存在なのに、こんなにも違いがあるんだろうなぁ」
「単純なことだ」
「なんだ?」
「俺とお前は、もう別の存在だ」
「……」
なるほど、と思う一方で、そんな馬鹿なことがあるかとも言いたくなる。
確かに長い時を、離れて生きてきた。それでも元は同じ。同一の存在なのだから。
「俺はお前と離れて長い時を生きた。長過ぎたんだ。それ故に、俺はもう戻れない、別の存在に変質した」
「そいつは残念。お前さんをそのうち喰らってやろうと思っていたのに」
「微弱なお前にそれが出来るか?」
解りやすい冗談に、奴は妙に真剣な返事をしてきた。
俺が貴様を喰うことなど出来るわけがなかろう。俺よりも、お前の方がずっと巨大な存在なのだから。
だがその言葉は俺の口から出る事はなかった。
「それに、だ。お前さんとて、もう帰れないんじゃないのか?」
「……さぁ、どうだろうね」
肩を大袈裟に竦めておどけて言う。
「いや、きっとそうだろう。お前はこの幻想郷に馴染み過ぎた。そして、人間に近づき過ぎた。もう戻れない」
「……」
人が気にしていることをずばずばと言ってくる野郎だ。
こいつの言う通り、もう俺は戻れない。こいつ同様存在が変質してしまったのだ。
もう俺は、元に戻れない。



