東方無風伝 4
ちゅんちゅんと小鳥は鳴きながら飛び回るのを西行幽々子は眺めていた。彼女はそんな平和を味わっているようだった。
「それで、どうだった? 彼は」
彼女ただ一人しかいない空間に、誰かに尋ねるように言った。
「もー、吃驚よ。見てよこれ」
何処からか響く声とともに、西行寺の眼の前の空間が割れる。其処から出てきたのは、風間を弄んでいた、八雲紫と言う女。
これ、と称して指差すのは己の頬。そこは風間の鬼灯によって裂けていた。まだ真新しい傷だ。それなのに、彼女の頬からは血は流れていない。流れた跡も、拭った跡もなかった。まるで初めから流れていないようだ。
「いいじゃない。その程度傷は直ぐに治るのでしょう?」
「痛いものは痛いわよ。後で仕返ししてやろうかしら」
「ふふっ」
そんな子供のような八雲紫の様子を見て、何処か面白可笑しく笑いが漏れる。
「あなたの期待に、答えられそうだったかしら?」
「ビンゴよ。あれはイレギュラーよ」
イレギュラー。それが差し示すのは、彼は危険分子だと言うこと。
「ただの外来人だったなら、放っておいてもよかったけれども、そうはいかなくなったわ」
「やっぱり、紫でも解らないのかしら?」
「零を加えたところで、計算式には何の支障ももたらさない。けど、一なら危険よ。それだけで全てが引っ繰り返る」
つまり、風間は一なのだ。
「本当に、彼は何者なのかしらねー」
「妖怪でも、神でも、妖精でも、幽霊でもない。近いのは人間だと思うけど、中身がねぇ」
彼女達のような、力の強い者は、気配だけでその存在を理解出来る。だが、風間だけは解らないのだ。
風間は人間に近いが人間ではない。それだけしか解らない。
「幻想郷に害を成すなら、消すしかないけど、逆に有益かもしれない」
「それを見極め、どうにか出来るのはあなたしかいないでしょう?」
「そうなのよねー。本当に面倒臭いわね」
このだらけた態度は、何時ものこと。
八雲紫は幻想郷を愛している。それ故に、幻想郷を必死で守ろうとする。それは、今にも当てはまる事なのだ。
なのに、この不真面目な態度。時折、八雲紫が本当に幻想郷を愛しているのか疑いたくなる。
「明日、又来るわ」
そうして、八雲紫は去って行く。
「……怖いなら、さっさと殺しちゃえば片がつくのに」
彼女は一人呟いた。



