東方無風伝 4
「御早う、風間」
西行寺のそんな呼び掛けで、風を切って振られた竹刀が静止する。
「御早う、西行寺」
振り返って、返事をする。
其処には優雅に、だが何時も通りに立ち尽くす西行寺がいた。
「今日のお稽古は中止なのかしら?」
「ああ。なんでも人里に用があるとか」
そう返事をして、また竹刀を縦に一閃。
「今起きたのか?」
「失礼しちゃうわね。そんな言い方じゃ、私が何時もお寝坊さんみたいじゃない」
「今の時間、まだ寝ている奴などいないだろう」
「起きている人達皆が早起きなだけよ」
自分を正当化させるその小言に苦笑いを漏らしつつ、またも竹刀を一閃させるが、なんとも不恰好で、紫電は綺麗な線を作れなかった。
いかん、どうやら西行寺のペースに飲み込まれているようで、このままではまともな素振りすら行えないだろう。
ならば、と竹刀をぶら下げて、素振りを中断する。
「あら、止めてしまうの?」
「どこぞの暢気な亡霊さんが邪魔するからな。今は諦める他ないだろう」
「まぁ、躾けのなってない亡霊さんね。後でお仕置きしてしまいましょう」
あくまでも、それは自分のことではないことにしたいみたいで、西行寺はどこぞの亡霊さんに対して怒りを露わにする。
全く、西行寺らしいよ。
「ああ、そうだわ。忘れてたわ」
「ん? どうした」
「今日は宴会を開くのよ。此処で」
「宴会だと? ああ、それでか」
それで妖夢は、宴会の準備をする為に人里に向かったのか。恐らくは食材を揃える為に。
「えーと、ひい、ふう、みい……八人ほど来る予定よ」
「客が来るのか。ああ、だから妖夢はあんなに忙しそうに」
てっきり白玉楼の者だけで取り行うと思えば、客人が来るとは思わなんだ。
「あー、何処で隠れていようかなぁ」
「あら、貴方も参加するのよ」
「は?」
宴会中は、邪魔になるだろうから何処かに行っていようかと思えば、西行寺の誘い。いや、もう西行寺の中では決定しているのだろう。
「いいじゃない別に。美味しい料理に美味しいお酒。どれも食べ放題よ」
「まぁ、それは魅力的だが」
どうせ八人の客人は西行寺の友人だろう。そこに俺が紛れ込むと、少しばかり肩身が狭い。
「貴方も、私の友人よ」
そう言えば、こう反論される。
……覚悟は決めるしかないのかなぁ。



