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白雲

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桂などは将来美人になること間違いなしと言い、孫のように可愛がっている。
「あのね、あのね、おうまがみえたの。」
「お馬?」
まだまだつたない言葉で大姫は今日の出来事を一所懸命に伝えようとしている。
「うん。あっち。」
大姫が指差した先には…隣家との境の土塀があった。
「…あおえどのだわ。」
深雪がぼそりと呟いたが保憲は妻には軽く苦笑を見せて娘に先をうながした。
「それで?」
「それでね、それでね、おうまがね、火の玉がね、追いかけっこしてたの。」
まあ、と、部屋の隅で嘆息したのは桂である。
陰陽師嫌いの桂だったが、深雪が保憲の妻に収まったこともあり、厄介な隣人も含めて
大姫の前では極力悪口などを言わないように気をつけている。が、
「またお隣ですのね。まったく、大姫さまの教育によろしくないったら。」
「桂。」
深雪がたしなめると桂は口元を袖で覆って咳払いをした。
保憲がすまなそうに首をすくめる。
「一条にはよく言ってきかせますから…。」
桂は慌てて、とんでもないことですと言い募る。
「殿さまがお気になさるようなことではございませんわ。
まったく、殿さまはこんなにご立派なお方であそばされるのに、
お隣ときたら、こちらにはいとけない姫さまもいらっしゃるのに、
ちっともお気遣いくださらないのですもの。
明日にもわたくしからお隣に苦情を申し上げてまいりますわ。」
「一条どののせいでも殿のせいでもないわよ。
お隣の生き物は、殿でも御しきれないわ。」
深雪は隣家の事情を知っているので諦めたような口調になる。
が、それを聞いて桂はますます気色ばんだ。
「殿さまとてなにやら鬼神を使役なさいますのに
大姫さまのお目に留まるようなことは決してなさいませんでしょう?
やはりお隣の方が未熟なのですわ。」
そうに決まっています、と、桂は強く言いきった。
「桂…。お隣の一条どのを指南されているのは殿なのよ。
そんなこと言われちゃったら殿のお立場がないわ。」
深雪の言葉に保憲は困ったように肩をすくめた。
「まあ、わたくしは決してそのような…失礼なことを申し上げるつもりは…。」
さすがに平伏する桂を今度は保憲がのんびりとした口調でなだめる。
「すみませんねえ。明日にでもあれにはよく言って聞かせますから。
確かに姫の教育上、良いモノではありませんしねえ。」
いえいえとか何とか言っている桂を横目に深雪は思っていた。
(殿はどうせ明日には桂の愚痴なんて忘れちゃってるわよ…桂も学習しないんだから。)

それでも確かに桂の言うとおり、馬頭鬼や火の玉がどこの家にも普通にあるものとして
娘に認識されるのはまずい。
翌日になって深雪は桂や女房たちの目を盗み、大姫が昼寝をしている隙にこっそりと
庭に下りた。無論、築地塀(ついじべい)の崩れをくぐって隣家へ行くためである。
(桂に知れたらことだわね…ちゃっちゃっと切り上げなくちゃ。)
夏樹が住んでいた頃、この邸は本当に人が少なかった。隣の物の怪邸を怖がって家人が
いつかなかったからである。
現在も隣は物の怪邸として近所で名を馳せているが、深雪が里として使いはじめ保憲が
通うようになって状況が若干変化した。
「この家が安泰であるように、わたしがまじないをかけておきますから…。」
保憲の台詞が方便だったのは明らかだが、家に陰陽師がいるというだけで心強いの
だろう。家人が物の怪に怯えて去ることが少なくなった。
さらにはその陰陽師が平然と言うのである。
「あれはこの家に害をなすものではありませんよ。」
まあその部分においては間違いないのだが、召使いたちを適当に言いくるめている
だけだということが深雪にはわかるので内心苦笑が止まらない。
おそらく賀茂の邸でも似たような調子で家人たちを引き留めているのだろう。
「よい、しょ。」
夏樹や一条ならひょいと乗り越えられる崩れ目も身重の身体にはとんでもない障壁で
ある。こっそり抜け出しておいて転びでもして、それが桂にバレればとんでもない
ことになるのは目に見えている。
自分が大目玉を食らうくらいならまだいいが、怒りの矛先が一条や保憲に向かっては
困る。
桂のことだ、怒りの配分は1割が深雪、1割が保憲、8割が一条…となるだろう。
慎重に塀をつかんでそろりそろりとまたぎこす。裾を持ち上げられないので塀の汚れが
そのまま装束につくが、庭を横断する間にすでに泥がついてしまっている。今更気に
することでもない。
隣家の庭に降り立つと、そこは相変わらずの荒れ放題だった。
ぼうぼうと茂った秋草の間から秋の高い空が見える。
一面の青空を横切るようにひとすじの雲が薄くたなびいていた。
「きれいねえ。」
深雪はしばしそのまま流れる雲を見つめた。
秋の空はひととき、いろいろなことを忘れさせる。ちょっとした物思いや過ぎ行く時間
そのものを、少しの間忘れさせてくれる。
とはいえ貴族の女性の身ではなかなかそれも味わえない。外に出ることはおろか端近に
寄るだけでたしなめられるのが上流の女性。深雪のような中流の身ですら自邸に
あっては乳母や女房に叱られるのだ。
庶民や男たちのなんと自由なことか。
(この美しい空を、女御さまにこそご覧になっていただきたいのに…。)
はたと深雪は本来の目的を思い出した。
(いけない、いけない。急いで行って急いで戻らないと。)
視線を空から目の前の草むらのような庭に移し、深雪はその中を泳ぐように掻き分けて
進んだ。目指すはこの草むらの向こうにあるはずの寝殿である。
無造作に広がる秋の草むらをしばらく進むと、やがて秋草の間から、簀の子縁に
水干(すいかん)姿の馬頭鬼が繕い物をしている姿が見えた。
「あおえどの。」
深雪の声に馬頭鬼がぱっと嬉しそうに顔をあげた。
「深雪さん…!まあまあ、ようこそおいで下さいました。」
野太い声で歓迎の挨拶をするとすぐさま、さあさあ、どうぞこちらへ、と、座っていた
円座を勧めてくる。
すぐにおいとまするつもりではあるが大冒険の後ということもありできれば座って
いたい。深雪は遠慮なく円座に座った。
「お1人ですか?権博士さんは?」
「殿なら今日もお仕事よ。それに殿とだったら表からちゃんと入るわよ。」
ああ、と馬頭鬼は鼻をうごめかした。
「じゃあ深雪さんはわたしが寂しがってると思ってわざわざ…
なんてお優しいんでしょう!
それに引き換え最近の一条さんたらろくろく帰ってきてくれないし
帰ってきても着替えだけしてさっさと出て行っちゃうか寝てるかどっちかで
全然わたしの相手をしてくれなくて…。」
怒涛の勢いで押し寄せてくるあおえの言葉を深雪は冷たく遮った。
「あのね、あおえどの。わたしはもう産み月の妊婦なのよ?
あの築地塀を乗り越えるのがどれだけ大変だと思ってるの?
一条どのがいなくて暇してるだろうからって
そんなのんきな用件でわざわざわたしが来るわけないでしょ?」
あおえの耳がぺたっと垂れる。
「ええ〜そんなぁ。権博士さんばっかりじゃなく
たまにはわたしにだって愛情注いでくれたっていいじゃないですかぁ〜。」
はいはい、と深雪は両手を打ち合わせて用件を切り出した。
作品名:白雲 作家名:春田 賀子