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白雲

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まま彼女が反応するのを待っている。
秋の風が御簾を揺らす。いつしか場を奇妙な空気が支配していた。
深雪としては咄嗟に口をついて出た言葉だったが、心当たりがないわけでもないのか、
迷ったような表情を見せた。
「…2人ともそんなにしげしげと見ないでよ。」
あ、すいません、と、あおえは素直に謝ったが一条は深雪の腹部から視線を外さない。
相変わらずの奇妙な空気が漂う中、深雪は決まり悪そうに檜扇をもてあそんだ。
「別に、絶対にそうってわかるわけじゃないわ。ただなんとなく、なんとなくよ?
大姫のときは女の子だなって、なんていうか、確信がだんだん強くなって、
今度はそれとは違う感じがするの。だから男の子かしら?って。」
それくらいのものよ、と、深雪はつけ足した。
「権博士さんに言われたとかではなく?」
「なく、よ。でもあおえどののその口調と一条どののその目つきからすると、
外れてないみたいね。」
檜扇の陰で深雪があるかなきかの舌打ちをしたようだったがあおえは気づかなかったし
一条は気づかないふりをした。
冷たい風がまたひとつ、場を通り過ぎていった後で、一条はおもむろによそ行きの
笑顔を取り繕った。
「伊勢の君は勘の鋭いお方ですから、
もしかしたらそのようなこともあるかもしれません。
ですが我々陰陽師といえども万能ではなく
生まれてくる赤子の性別を見分けるなどというのは秘中の秘。
わが師、保憲をもってしても間違うこともあるでしょう。
ましてや修行の身のわたくしや冥府から追い出された馬頭鬼ごときに
何がわかりましょう。ただ伊勢の君には健やかな御子を
無事ご出産あそばされますよう、今はお邸で養生されるのが良いでしょう。」
一条がよそ行きの口調に戻ったので深雪も「伊勢の君」の声色で応じた。
「ええ、それはごもっともですわね。
わたくしの用件もおわかりいただけたと思いますし。
わたくしはこれで失礼いたしますわ。ただ…。」
深雪はそこでちらりとあおえに視線を送った。
「わたくし、あの築地塀の崩れを乗り越えてきたのですけれど、
この身体にはなかなか辛くて。あおえどの、申し訳ないのだけれど
塀の向こう側にわたくしを降ろしてくださらない?」
あおえが返事するより早く一条が愛想良く答えた。
「お安い御用でございますよ。ですが塀の近くにこれが近づいてはまた姫君さまが
これをご覧になるかもしれません。ですからわたくしの式神に伊勢の君を
送らせましょう。」
これにもあおえはええっと抗議の声を上げた。
「わたしは深雪さんを送ることも許されないんですか!?許されないんですか!?」
見れば深雪の袖をしっかりと掴んでいる。
「あおえ…。」
一条の声が低く鋭さを増すとあおえも袖を強く引いて深雪を放すまいとする。
「あおえどの!痛い、痛い!」
「だって、深雪さんはわたしをご指名だったんですよぉ〜。
深雪さんがわたしがいいって言ってくれたのに、一条さんがダメって言う権利なんて
ないと思いますぅ〜。
このあおえ、承知してくださるまで絶対に深雪さんは放しません!」
鼻息の荒い馬頭鬼にいち早く降参したのは深雪だった。
「わかったわ、あおえどの。今日はあおえどのにお願いするわ。確かにわたし、
あおえどのに頼んだのだし、あちらに見えないように屈んで行けば大丈夫よ、
ね。ね。」
深雪が一条に目配せする。確かに妊婦の深雪の身体にこれ以上の負担をかけたくは
ない。
仕方なく一条も折れることにした。
「伊勢の君がそうおっしゃるのならば。」
「本当ですかぁ〜!」
あおえの表情がぱっと明るくなる。
「そのかわり!」
一条が物凄い大音声で宣言した。
「これが最初で最後だ!二度は聞かないからな!」
一条の台詞に言外の意味があると捉え、深雪は小さく舌打ちをしたが、あおえのほうは
うきうきと深雪を抱え上げた。
「はいは〜い。では参りましょう、深雪さん!」

無事、築地塀の向こう側に深雪を降ろし、帰っていく深雪の背中を見送りながら
あおえは一条に話しかけた。
「しかし不思議ですねぇ〜。一条さんたちみたいにその道を勉強してる人は別として、
普通の人間にはお腹の子が男か女かなんて生まれてみるまで
わからないものなんですけど。夏樹さんの菅公の太刀といい、
深雪さんの予言といい、そういうお血筋なんですかねぇ〜?」
一条は憮然とした様子で答えた。
「伊勢の君と菅公に血の繋がりはない。
あの勘の良さはおそらく2人のバアさん譲りだ。」
ま、もっとも、と、つけ足しながら一条は踵を返した。
「あの程度の勘の鋭い人間なら掃いて捨てるほどい。そんなことよりさっさと戻るぞ。
また向こうの人間に見られて怒鳴り込まれちゃかなわない。」
「は〜い。」
返事をして一条の半歩後ろをあおえも歩きはじめた。
歩きながら、ていうか…とあおえがまた問いかける。
「一条さんは知ってたんですよね?」
うぉう!とあおえは吠えた。
ふくらはぎに一条のまわし蹴りがヒットしていた。
「何するんですかぁ〜!」
「生まれてくる子どもをカタに強請ろうとしやがって。
こういうときだけ馬頭鬼の能力を使ってるんじゃあそりゃあ冥府からの迎えも
来ないわけだよ。こっちはいい迷惑だ。」
「そ、そんな…。」
冥府からの迎えが来ないの一言は効いたらしく、あおえは急にしおらしくうなだれた。
その反応すら取ってつけたように感じてしまう自身にも苛立ちながら、それでも一条は
悪態をつかずにはいられなかった。
「まったく、伊勢の君がおまえの強請りに気づいてくれて良かったよ。
おかしな約束をされて毎日毎日ここに子どもが押しかけて来るようになったらと
思うとぞっとする。」
ましてや、と、一条は吐き捨てるように続けた。
「保憲さまとあの伊勢の君の子どもだ。絶対にフツーじゃない。絶対だ。」
自分が一番普通じゃないくせに…。
あおえが心の中で呟いたのを察知したかのように一条はぎろりとあおえを睨んだ。
「何か言ったか。」
「い、いいえ、何も〜。」
「そうだった。」
ふと一条は呟くと虚空に向かって呼びかけた。
「水無月。」
呼びかけに応じてぽっと火の玉が点る。
赤い色が中心に向かってだんだんと黒くなっていく不思議な火の玉―水無月である。
水無月は叱られることがわかっているのか頼りなさげに瞬きながら宙を漂う。
「わかってるな。こいつが何を言っても相手にするんじゃないぞ。
おまえが相手をするからこいつがつけあがるんだ。いいな。」
水無月は寂しそうに明滅すると跡形もなく消えてしまった。
「それから。」
一条はおもむろにあおえの方へと向き直る。
彼が紙扇を握り直したことにあおえも気づいたが…3発目が飛んでくるほうが身を守る
よりも早かった。
「部屋の外に出るなといつも言ってるだろうが!」
馬頭鬼の謝罪の声は続く4発目、5発目にかき消され、庭の秋草以外に聞く者はなかった。
作品名:白雲 作家名:春田 賀子