ぐらにる 流れ ぷんぷん
「だが、きみだって、私の傍に居たいと思ってくれているのだろ? ニール。合法的に抜
けられないなら、そんな方法だってあるんだということは覚えて置いてくれ。」
食卓を挟んでいたが、彼は、俺の後頭部へ手を回して、顔を近づけてきた。触れるだけ
のキスをして苦笑する。
「・・・・少し、その協力者に嫉妬する。きみのために、そんな危険を冒してくれる相手
が、すぐ近くにいて、私は、離れた場所にしかいられない。とても悲しいことだ。」
「俺は、そいつが成長したんだな、って感慨深いものがあったよ。・・・・グラハム、ま
た来るから。」
「そうだな。それで我慢するしかないな。だが、私は我慢弱いので、あまり長くなると探
しに行くから覚悟したまえ。」
「はははは・・・・そりゃ無理ってもんだ。俺自身が、あっちこっち転々としてるんだか
らな。」
「私には不可能というものはない。君に対しては、特に、何かしらの運命を感じる。私が
思う場所に、きっと、きみはいるだろう。」
「・・・・戻って来いよ? グラハム・・・・」
だが、本当にやりそうで怖いな、とは思う。この執着というか執念は、凄まじいものだ
とは思うからだ。一目惚れだと、彼は言う。運命の相手だと、俺に囁く。けど、それは違
うのだと思いたい。
「ニール、後片付けをしたら、一晩、飲み明かさないか? ・・・・たまには、きみの体
温と意味のある言葉を聞いていたいんだ。」
「あんたの理性が焼ききれなかったらな。」
「・・・・・きみが色気が有りすぎるのが、一番の問題だと思うのだが? 」
「俺が悪いみたいに言うなっっ。我慢弱いのは、あんたのほうだろ。」
まったく、と、立ち上がって、食事の後片付けをする。シンクで洗い物を始めると、い
つものように、グラハムが背後から抱き付いて、すりすりと背中に頬ずりしている。ほん
と、おかしなことになったよな、と、笑いつつ、手早く洗い物を片付けた。
フラッグのコクピットは、なり煩い。電子音が鳴り響き、エンジンの音が響いているよ
うな場所だ。ヘルメットをしているから、その警告音は、さほど大きくは聞こえないもの
の、それでも静かではない。
音のない世界というのは、妙に落ち着くものだ、ということを、彼に一目惚れして、よ
うやく気付いた。音のない世界だけではなくて、傍らに体温があって、それも無言でも存
在感があることが条件だが。どうしても、互いに話せないことがあるから、会話は、それ
ほど賑やかなものではない。
ただ、ふたりして、度数の高いアルコールを飲んで、ときたま、二言三言交わすぐらい
のものだ。彼に凭れ掛かり、彼が居なくならないように肌で感じている、この時間は、と
ても貴重で幸せなものだ。
「グラハム? 眠いならベッドへ行こう。」
目を閉じて、それを堪能していたら、彼が私の肩を、ゆっくりと揺すった。それはスキ
ンシップの誘いではない。ただ眠るためだけの誘いだ。
「いやだ。この時間は貴重なんだ。」
「けど、あんた、疲れてるだろう。俺は、寝坊したからいいけどさ。働きづめなんだろ?
」
「眠ったら、朝が来る。」
「・・・おい・・・・」
「朝になったら、ニールが帰ってしまうんだ。そんな朝、来なければいいんだ。」
私が、そう呟いたら、彼の身体は、微かに震えた。それから、抱き込まれて、髪にキス
された。
「あんたさ、たまに、子供みたいな我がままを言うよな? 」
「率直な希望を述べているにすぎない。こんなにも、きみの体温に慣れてしまった私は、
これから、それに飢えるのだ。・・・・・きみは、私に飢餓というものを教えた。きみが
帰ると、しばらくは、その体温がないことに戸惑う日々が続く。だから、ここで眠れなく
なるんだ。」
「・・・そうか・・・・悪いけど諦めてくれ。それだけは、叶えてやるつもりはないよ。
」
頭と背中を撫で擦る手は、とても優しい。お互いに違う世界に所属している。どちらも
が、どちらかに歩み寄れる単純なものではない。頭ではわかっていても、心ではわかりた
くない。ずっと、傍に居続けて欲しいと願っても、その願いは成就されることはないだろ
う。顔を上げて視線を合わせたら、彼は苦笑していた。
「きみが白雪姫だったらよかったのに。」
「はい? 」
「森で迷っていたら、私は有無を言わさず、城へ連れ帰ってしまえたんだ。」
「こらこら。」
「ふたりは幸せに暮らしました、というエンディングは素晴らしい。」
「おまえ、酔ってるだろ? 」
「ああ、酔っているさ。姫といる、この幸せな時間に酔わずに、いつ酔えと言うのだ?」
さすがに、私も疲れていた。深夜に呼び出されて、そのまま夕刻まで試験に付き合った
。待機中に仮眠はしたものの、それでも、アルコールまで入ると、その疲れがどっと押し
寄せてくる。意地でも眠らない、と、言葉を綴っているだけだ。
「・・・グラハム・・・・ちゃんと寝たほうがいい。明日、あんたをちゃんと見送ってか
ら帰るから、明日になっても消えてないぜ。」
優しい姫は、私を、どうにか立たせて肩を貸して寝室へ運んでくれた。ばふんとベッド
に放り込み、すぐ横に入ってくる。
抱き寄せて、口付けて、また抱き締めて・・・・・そこで、意識が途切れた。
・
一週間なんて、とても短い時間だ。
ここに帰って、きみに迎えられた時間が、どんなに嬉しかったか、きみは知らないだろう
。また、ここに帰らない日々が来る。誰も居ない静かな世界は、寂しいものだ。
いつか、ずっと迎えてもらえるようになりたい。
そのためにも、世界が平和でなければならない。きみの組織が、活動する必要のない世界
なら、きみも、安心して、その平和な世界に暮らせるだろう。テロリストによる理不尽な
不幸が起こらない世界なら、きみは、兵器を作るなんてしないだろう。
一日も早く、そんな世界が来ることを祈りたい。
きみが、眠れない魘される一人の夜をなくしてあげたい。
ずっと、私の傍で、安眠していられるように。
そんなことを考えて、傍らの体温に安心して、眠りに引き込まれていく。
「おやすみ、グラハム。」
・・・・ニール、きみの声は優しい・・・・・・
一週間なんて短いものだ。起き上がって、ぼんやりと、となりの寝顔を眺めている。と
にかく、尋常ではないしつこさで、俺を追い駆けた男は、満足そうに眠っている。独りの
夜は寂しいと、酔っ払って、さんざんに喚いていたのがおかしくて、思い出して笑ってし
まう。
・・・・俺、一人は嫌いじゃないけどな・・・・・
ぽつんと独りになっても、それほど寂しいとは思わない。大切なものを、これ以上なく
さないために、独りになった時に自然とそうなった。
・・・でもさ、あんただけは、なくすとかそういうの以前の問題だよな・・・・
ブラックマーケットの関係者だと、彼は思っているが、その実、敵対するCBの、それ
作品名:ぐらにる 流れ ぷんぷん 作家名:篠義