こらぼでほすと 一撃9
「ええ、白いバラに特殊な染料を吸わせているもので、自然のものではありません。です
が、花が枯れるまで色は定着しております。」
と、説明されてもティエリアには、よくわからない。ニールは、バラとだけ言ったので
種類はティエリアが決めていいはずだ。だが、どれがいいのか、よくわからなくて困った
。
「どれがいいのか、さっぱりわからない。」
「お相手に贈られるのは、お祝いでしょうか? 」
「いや、お礼だ。」
「でしたら、これでよろしいと思います。もし、お客様の好みの色が、ございましたら、
そちらでもいいと思うのですが、いかがでしょう? 」
好みの色と言われて、周囲を見渡した。色は、様々だ。一色の色で目が止まった。それ
は、今現在、どっかに行方不明のバカの色だ。
「あれは? 」
「レオニダスです。オレンジと茶色のグラデュエーションになっております。」
「あれと紫で花束を作ってくれ。色別に。」
「はい、本数は? 」
「10本。」
以前、親猫に頼まれた時は、10本の白いバラだった。だから、数量は、それに準じて
おけばいいだろう。 そして、花が置かれている冷蔵庫が開くと、そこから匂いが流れて
きた。吸い寄せられるように近付いたら、店員が、一本の赤いバラを持たせてくれた。
「これは、ジャルダン・パフューメ。匂いが最高級なんです。」
「病人の側に飾ってもいいのか? 」
「ええ、本数を減らせば問題はありません。」
「じゃあ、これを。」
「はい、では七本くらいにしておきましょう。」
まだ、ニールは医療ポッドの中だが、まもなく出て来るはずだ。目が覚める時に、こん
な良い匂いがあれば、ニールも少しは気分良く起きられるかもしれないと、それも注文し
た。おつかいものには、すでに興味がない。寺へバラを届けたら、そのまま本宅へ戻ろう
と思い直した。よく歌姫が、親猫の部屋に花を飾らせているから、ここで、それも買って
帰ろうと思い付いたのだ。
「それから、病人の側に置けて、和める色合いの花束というものは作れるだろうか?」
「ご予算で、いかようにもなります。」
「いくらでもいい。」
ティエリアも、個人口座があるし、『吉祥富貴』から貰っているカードも持っている。
この分は、親猫のカードではなくて、自分のカードを使うことにした。これといって使う
こともないのだから、残高はある。
「では、レインボーローズパステルのベビーカラーというバラを中心にした花束を用意さ
せて頂きます。これでしたら、目を楽しませていただけると思います。」
店員は、大量の注文に愛想良く応えて、花束を作ってくれた。紫とオレンジは、シンプ
ルに、それ単体で。香りの良いバラは、ピンク色。そして、綺麗な七色のバラを中心とし
て、他のいろんな色が組み合わされた花束の計四つが仕上がった。それらを、カードで精
算して、クルマのトランクに運ばせる。店員が、最後にティエリアに、これは、おまけで
す、と、くれたのは、真紅の大輪のバラの小さな花束だった。
「また、ご利用ください。ありがとうございました。」
これも、いい香りがする。親猫のところに、これも飾ろうと考えて、店員に礼を言って
扉を閉めた。
「すまないんだが、寺で、少し待っていてくれないか? すぐに引き返すから。」
寺の坊主にバラを渡せば、ミッションコンプリートだ。それから、引き返して親猫の部
屋にバラを飾ろうと紫子猫は考えた。
さて、こちら寺では日曜の午後のまったりとした空気が流れていた。これだけ雨だと、
バイクで出かけるのも億劫になる。坊主もサルも、居間で衛星放送のサッカーなんかを観
戦していた。何年かに一度、サッカーの世界大会があって、今年は、それに当たっていた
。
「力量さが離れてるとおもしろくねぇーな。」
「競馬よりマシだろ。」
さすがに、競馬などというのは賭ける気もしないらしく、坊主も観戦しない。だらだら
と、寝転んで、坊主はビール、サルはポテチを食いつつ眺めていたら、廊下に足音だ。
「誰か来たみたいだぞ? さんぞー。」
「どうせ、イノブタかカッパだろ。」
と、どっちも気にしないでいたら、とんでもないのが、とんでもないものを持って入っ
てきた。紫子猫が、派手な花束と登場したからだ。
「ティエリアか。」
「悟空、三蔵、久しぶりだな。今日は、ニールのミッションで参上した。三蔵、座れ。」
紫子猫には敬語なんてものはない。親猫には使うが、それ以外は下僕と見做されている
らしい。
「女房が、なんだ? 」
そして、坊主も気にしない。これは、しつけができてない子猫だという認識だ。座り直
して顔を上げたら、目の前に花束を差し出された。
「いつもありがとう。これは、俺とニールからの感謝の品だ。有難く受け取れ。」
「はあ? おまえ、気でも触れたのか? 紫子猫。」
坊主に薔薇は、おそらく、豚に真珠と同等だと思われる。女房が、花を貰うのなら理解
できるが、自分に花を贈るというのは意味が判らない。
「さんぞー、たぶん、それ、父の日だ。ママが、俺にもしろって言ってた。」
「あいつの親父は、トダカさんだろ? 」
「だから、ママのほうからすると、ティエリアや刹那やフェルトのパパは、さんぞーだろ
? 」
「バカバカしい。」
「なんでもいいから受け取ってくれ。」
どすっと、花束を突き付けて、ティエリアは踵を返す。ミッションコンプリートらしい
。残ったほうは、「いらん。」 と、サルに投げつけている。
「ママって律儀だよな? さんぞー。起きられないから、ティエリアに使いを頼んだんだ
ぜ? 」
「食えるもんか呑めるもんにしろ、と、伝えて来い、サル。」
「おう、明日ぐらい顔出してくる。」
せっかくの綺麗な花束なので、悟空が、花瓶代わりのペットボトルに飾って、居間の隅
に置いた。
ティエリアのおつかいが無事に終わる頃、トダカ家は異様に盛り上がっていた。毎年の
事ながら、トダカーズラブの面々がお祝いの準備をしていたからだ。
「録画の準備オッケーです。」
「宴席の準備オッケーです。」
「飲み物準備オッケーです。」
というような声が、あっちこっちから聞こえてくる。トダカは、居間で紅茶なんぞ啜り
つつ、毎年の事ながら呆れている。おまえたちには関係ないだろう、と、毎年、叱るのだ
が、いやいやいやいやとアマギ以下トダカーズラブも引き下がらない。
「父の日の一大イベントは、是非、我々もお祝いをさせていただかないと。」
というのが、トダカーズラブの主張だ。昨年は、シンがカレーを作るというので出入り
禁止を申し渡したのだが、どっこい、あっちこっちにビデオが設置され、後日、きっちり
と編集されて上映会が催された。
トダカのはにかみがちな笑顔というのが、トダカーズラブには貴重なシーンであるらし
い。まあ、普段、鷹揚に構えているトダカが、照れたように微笑むなんていうのは、胸キ
ュンすぎる光景ではあるだろう。
作品名:こらぼでほすと 一撃9 作家名:篠義