こらぼでほすと 一撃9
「アマギさん、シンとレイがエントランス付近に接近中。」
「よしっっ、そこから撮影開始。」
一応、シンとレイにも撮影しているから気をつけろ、とは言ってあるが、ここまで大袈
裟だとは思っていないだろう。総勢七名の男たちが、インカムをつけて連絡を取り合いな
がら動いている。
「おまえたち、いい加減にしないか。」
「いいえ、これだけは撮らせていただきます。トダカさんの大切なメモリアルですから。
」
「毎年毎年、大袈裟だ。」
「何をおっしゃるんですか。シンとレイが父の日の贈り物をしてくれるところなんて、生
涯大切に残しておくシーンです。」
いや、トダカが涙ぐみそうになったり照れ笑いしたりはにかんだり、もう、そんなレア
な表情は、トダカーズラブとしては永久保存版で残しておかなければならないものだ、が
、アマギたちの本音だ。そろそろ到着するとわかると、アマギたちは客間に隠れた。撮影
は、あっちこっちに設置しているビデオがしてくれる。
「ただいまーとーさん。」
「お邪魔します。」
玄関から声がして、シンたちが入ってくる。軽い足取りで近づいて来たので、トダカも
立ち上がる。
「おかえり。」
現れたふたりは、シンが大きな紙箱、レイが大きな黄色のバラの花束を持っている。え
へへへへとシンは照れ笑いを、ひとつして、その箱を差し出した。
「いつもありがとう、とーさん。」
レイも、同じように、花束を差し出して、「ありがとうございます。」 と、お辞儀す
る。それから、「ニールと俺たちの三人からです。」 と、付け足した。
その場で、ぺりぺりと包装紙を外し、箱を開けると涼しい色のガラスのグラスが六個現
れた。吹きガラスの気泡が入った素朴なものだ。薄く青や緑の色がつけられていて、涼し
げに印象を与える。ああ、いい色合いだね、と、トダカは微笑む。品物自体も気に入った
が、三人で探してくれたというところが、トダカには非常に嬉しい。トダカのために考え
て選んでくれた、その手間が嬉しいのだ。
「これぐらいでないと、とうさんのぐい飲みにならないからさ。俺たちは、ビールで付き
合う。」
「ああ、いい色だなあ。ありがとう、シン、レイ。」
「花束は花瓶に移します。」
「いや、一応、贈呈してもらおうか? はい、レイ。」
トダカが手を差し出す。それに、レイが花束を載せる。ちゃんと、メッセージカードも
つけられていて、三人連名になっている。
「子供が増えるとは思わなかったが・・・・・いいもんだなあ。ははははは」
「ニールは、とうさんが、強引にうちの子にしたんじゃないか。何を言ってるんだか。」
「俺にとっては、ママであって姉ではありませんよ? トダカさん。」
「そうだな。今日は、とりあえず、三人で乾杯しよう。」
梅雨明けすれば、一時、ニールはお里で静養することになっているから、四人で乾杯す
るのは、それまでお預けだが、息子たちとは、今できる。
「一個ずつ微妙に色と形が違うんだ。どれにする?」
「じゃあ、この青と緑の混ざったのに。おまえたちは? 」
「俺、一番青の濃いのにする。」
「俺は、緑の薄いのにします。」
全部のグラスを取り出して、台所へ運んで洗った。花束は、とりあえず食卓に置いて、
三人でビールのロング缶をグラスに注いだ。
「ありがとう、とても嬉しい。」
「そのうち強くなって、冷酒でも付き合うぜ。」
「それはやめておけ、シン。俺が迷惑だ。おまえとママは、ウーロン茶でいい。」
酔っ払ってダウンするとレイが、その世話をしなくてはならない。ここでなら、泊まれ
るから、さほど大変ではないが、それでも運んだり水を飲ませたりはしないといけない。
「私も、それには賛成だ。飲めない体質の人間は、どうやっても飲めないんだからね。シ
ンは、どうも体質的に合わないんじゃないかと思うよ。」
「そうなんだよなあ。俺んちさ、みんな、飲めなかったからなあ。」
「アスカさんちは、そういう体質なんだ。ノンアルコールで付き合ってくれ。」
「わかったよ。とりあえず、乾杯しようぜ。」
黄色のバラの花束を中心にして、三人でカチンとグラスを合わせた。それを、ぐいぐい
と飲んで、ぷはーっと息を吐く。
それを合図にして、クラッカーがパンパンと鳴り、客間のほうからアマギたちが現れる
。モニターチェックして、タイミングを計っていたらしい。
「うわぁぅ。」
「ああ、やっぱり。」
「すまないな、うちのものたちは、どうも私の記念日はお祝いしないと気が済まないらし
いんだ。」
玄関からも、外で待機していたのが走りこんできて、トダカの前で、「おめでとうござ
います。」 と、大合唱だ。
「さあ、お祝いの宴会に。」
「ああ、シン、レイ、グラスを持って移動だ。」
客間には、ちゃんと宴会の用意がされている。花束は、花瓶に活けられて、それも宴席
に飾られる。
「黄色のバラって、決まってるものなのかい? レイ。」
「特区では、そうらしいです。ユニオンでは赤なので、各地域によって違うのではないで
しょうか。」
「ふーん、じゃあ次回は、もう少し、うちの家に似合うのを、みんなで相談してくれない
か? 来年からは、その花束だけでいいからね。」
どうも、やもめの家に華やかなバラというのは似合わない、と、トダカは苦笑する。今
年は、たまたま選んで欲しいものがあったから、贈り物を受け取った。だが、毎年、気を
遣わせるのも悪いから、花に限定しておこうと思ったらしい。
「それは、また来年の話だな、とーさん。」
「もちろん、花は三人で相談しますが、俺のママは、いろいろと思いつくでしょうから。
」
トダカの意見を、さらっとスルーするようにして、シンとレイも笑う。トダカが、何か
と自分たちに用意してくれるのだから、こちらも、このイベントで少しぐらい返しておき
たい。それに、たまに里帰りするニールがいれば、トダカ家に必要なものを思いついてく
れるだろう。今回だって、思いついたのは、ニールだ。
「あーあの子はねーこういうことを考えるのは上手いな。」
「だから、俺らは、それに便乗するから。」
「一年に一度くらい、お返しさせていただきませんと。」
「おまえたちも言うようになったな。」
「はははは・・・日々成長してるんだぜ? とーさん。」
バンバンとシンがトダカの背中を軽く叩いて、席に座る。トダカーズラブの面々が、飲
み物を運んできて、それらを注いだら、乾杯だ。
「トダカさん、音頭をお願いします。」
恭しくトダカーズラブの面々がグラスを掲げると、トダカは、「ありがとう。おまえた
ちも、さっさと子持ちになりなさい。」 と、乾杯の音頭を取った。
さて、夕刻に寺には、沙・猪夫夫が顔を出した。女房不在で栄養関係が不足しがちにな
る寺への補給が目的だ。
そして、居間に入って、隅に置かれている花に、ふたりして絶句した。似合わないこと
、この上もないものが鎮座している。
「なんの冗談ですか? 三蔵。」
作品名:こらぼでほすと 一撃9 作家名:篠義