こらぼでほすと 一撃9
「ああ? 」
「ニールなら、いざ知らず、ここに、こんなものを配置して・・・・気持ち悪いですよ?
」
「てか、花瓶ぐらい買えよ? これ、すんげぇー高そうな花じゃねぇーか。」
「ニールのお見舞いに行くんですか? それにしたって、これは・・・・」
紫とオレンジのバラの花束は、そのまんまペットボトルの口を切った入れ物に投げ入れ
られている。とても綺麗な花なのだが、いかんせん扱いが粗雑過ぎる。
「あー違うんだ、八戒。これ、父の日の花。」
「悟空、三蔵に、こんなものを渡したって喜びませんよ。」
「酒とかたばこのほうが喜ぶぞ? おまえ、これはないわーサル。」
悟空が父の日イベントに贈ったものと決め付けて、八戒も悟浄もツッコミしているが、
坊主は完全に無視している。
「違うって。俺じゃなくて、ママから。ティエリアが持ってきたんだ。俺は、んなことや
らねぇーよっっ。」
大声で、悟空が叫ぶと、ふたりも、ああ、と、納得した。寺の女房は、そういうイベン
トをやりたい人なので、それなら理解できる。ただし、花はないだろーとは思う。
「悟空、ニールに、食料品か飲料が安全だと教えてあげてください。坊主にバラなんて、
猫に小判ぐらい無駄です。」
「それ、さんぞーも言った。」
「てか、マメだねぇーママニャンは。当人寝込んでるのに、わざわざ紫子猫をおつかいに
出すなんてな。」
「母の日を盛大にやったから、三蔵が拗ねないように考えてくれたんでしょう。・・・・
悟空、花瓶を買いがてらに外食しましょう。」
「おう。」
近くのショッピングモールまで遠征するなら徒歩で十分だ。それなら、大人たちも酒が
飲めるから否やはない。人外ご一行(一部人間もいるが)は、いそいそと宵闇に外出した
。
ティエリアは、歌姫様の本宅に戻って、花束を飾ってもらうことにした。いつも親猫が
居座っている部屋に飾ろうとしたら、ドクターから、明日は地下のほうへ移す、と、言わ
れて、そちらに花も移動させた。
地下の部屋のほうが気圧の変化が少ないだろうから、ということらしい。そこに置かれ
た花を眺めて、少しぼんやりしていた。昨年、ここには一ヶ月、滞在した。この部屋は広
くて、付き添いのためのソファベッドもあるし、病人のベッドも広いものだ。本来は、秘
密裏に治療するために用意されている部屋なのだが、ここんところ、ニール専用と化して
いる。
・・・・・いい匂いだ・・・・・
配置した匂いのいいバラは、早速、惜しげもなく香りを発散させている。すうっと吸い
込むと、ほっとするような香りだ。壁面のパネルは庭の様子を映していて、すっかりと暮
れて雨が時折、庭の常夜灯に光っているのがわかる程度だ。夜半には雨は止み、しばらく
は天候も安定するらしい。
コンコン
ノックの音がして、扉が開いた。食事の時間だったかと、ティエリアは顔を向けたが、
そこには歌姫が立っていた。
「ティエリア、おかえりなさい。」
「ああ、邪魔をしている。」
「食事をなさっていないと聞きましたが? 軽いものでも運ばせましょうか?」
うっかりしていたが、食事を失念していた。いつもは地下まで定期的に、食事が届くの
だが、今日は移動していたから、届かなかったらしい。
「そうしてもらおう。」
では、と、歌姫が内線で連絡してくれる。それから、部屋の香りに気付いた。あらあら
と、その花瓶に近寄って、胸一杯に空気を吸い込んだ。
「いい匂いですこと。」
「匂いとしては最高級らしい。」
「まあ、こちらはレインボーローズですね。これも、ティエリアが? 」
ベッドの横のサイドテーブルには、大きな花瓶が飾られている。七色の淡いバラを中心
とした花束だ。配色が考えられていて、目に優しい。そして、応接用の卓には大輪の深紅
のバラだ。
「ニールのつかいで、花屋に行ったんだ。それで、ニールにも楽しんでもらおうと買い求
めてきた。」
「おつかい? 」
「父の日で、三蔵にバラを届けてきた。特区のイベントだと聞いたが、ラクスは知らない
のか? 」
「いえ、それは存じておりますけど。そうですか、さすが、ママですわね。先を越されま
した。」
歌姫は、親猫からシンとレイと組んでトダカにプレゼントを用意した話は聞いていた。
そして、亭主にも用意しようかなあ、と、言っていたから、それを実行しようと思ってい
たのだ。
ちょうど、そこに軽食が届いたので、会話は中断する。用意されると、ティエリアも手
をつけた。歌姫の分も届いているので、一緒に食事する。
「ニールのことについては感謝している。」
「今更、何を。」
「おまえの立場からすれば、ニールを保護するのはリスクが大きい。それでも、俺たちに
はおまえに頼むしかないんだ。」
過激なテロリストと関係があるというのは、平和の使節である歌姫には、かなり危険な
ことだ。知られたら、その地位から失墜する。それを承知で保護してくれているのだから
、ティエリアでも礼ぐらいは言う気になる。それに、こちらで待機所まで準備してくれて
いるのだから、この好意は有難い。
「ティエリア、私くしは、あなたがたの考えが正しいとは思いません。ですが、それも、
ひとつの方法だと思います。ですから、手助けできることはさせていただきたいと思って
おりますし、ニールは、すでに、『吉祥富貴』の人間です。どんなリスクがあろうと、最
後までお守りします。私くしたちにとっても、ママは大切な方ですから。」
何年も、こちらで暮らしているニールは、すでに、組織の人間ではなく、『吉祥富貴』
の人間だ。スタッフも、それで受け入れているし、年少組にとってはもなくてはならない
おかんという存在になっている。
「確かに、我々の理念も歪んでいることは理解している。だが、それを曲げるつもりはな
い。どれほど、俺たちが武力介入をして人を殺しても、その先に紛争がなくなるのなら、
それでいいと俺は思っている。」
「ティエリア、世界を変えるには、精神論だけでも武力だけでも不可能です。それは、私
くしも理解しております。そうでなければ、国家予算並みの維持費をかけてMSやエター
ナルを保持している理由がありません。・・・・・・私くしたちも、あなたがたと同様に
、人の血で手を汚した人間ばかりです。世界を変えるには、それ相応の犠牲が必要で、実
行するためには敵は葬らなければ変わりません。」
歌姫だって、何も平和を説いているだけではない。生き延びるために敵は葬ってきた。
だから、それについて否定するつもりはない。強大な相手に、耳を傾けさせるには、聞い
てもらえるだけの背景は必要だからだ。
「そうだったな。おまえたちも、プラントの暴走を止めるために無茶をした。」
「そうですね。キラがいてくれたから、私くしは生き延びました。そうでなければ、私く
し自身も葬られていたことでしょう。」
「人間は厄介な生き物だ。」
「本当に。」
作品名:こらぼでほすと 一撃9 作家名:篠義