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鉄の棺 石の骸番外11~類は友を呼ぶ~

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 4.

 夕日に染まったビル街を、青年はゆっくりと歩いて行く。右肩から斜めがけに革の鞄、右手には買い物袋を提げて、これ以上の寄り道をすることなく家路につく。
 定時を少し過ぎた程度で帰宅できたのは、彼にとっては何週間ぶりだろうか。激務だった日の方が多すぎて、あまり思い出したくない。
 彼ら研究員はここ数か月近く、カンヅメ生活を強いられていた。研究所のモーメントがご機嫌斜めで、全員がそれに引っ張り回される事態に陥っていたからだ。酷い時は研究所で寝泊まりし、人員を交代しながら食事や休憩をとる。やっと取れた休暇も、連絡が入って中断されてしまうことが何度かあった。彼はまだ独身で比較的いい方ではあったが、家族持ちの研究員にしてはたまったものではなかったに違いない。
 青年が家に帰れるのは一週間に二、三日もあればましな方だった。こうなると、家というよりもはや倉庫だ。いっそ研究所の方に住所を移した方がいいのではないか、と彼は一度ならず本気で考えたことさえある。
 しかし、一週間ほど前からモーメントが軽快に作動するようになり、研究員たちの負担も格段に減った。おかげで明日は、久しぶりに正真正銘の休暇になりそうだ。
 普段は我がままで人間を容赦なく振り回すモーメントだが、こんな風に機嫌のいい時は逆に愛おしさまで感じてしまう。例えるならモーメントは、気難しいがかわいいところもある身内のようなものだ。なので、いくら激務だろうとブラック企業と言われようと、彼はこの仕事を辞めるつもりはさらさらない。
 だけど、明日はどこにも行く気にはなれない。一日家で大人しくしていよう、と彼は思った。
……度重なる激務で、青年の疲労はいい加減ピークに達していた。だから、直前まで気がつかなかった。前方から少年が一人、わき目も振らずに全速力で駆けて来たことに。
 少年の方も、何かに気を取られていたようで、相手には気が付いていなかった。当然、二人は正面から衝突してしまう。
「あっ」
「うわ」
 どん、と鈍い音が、二人の間に響いた。
 少年は弾みですっ転びそうになったが、何とかバランスを保ってその場に踏み止まった。だが、青年の方は何の用意もなくぶつかられた上に体力が残っていなかったので、いとも簡単に後ろにふらついてしまう。
「わ、わ、わ」
 慌てて青年は腕を振り回してバランスを取ろうとしたが、努力もむなしく後ろに倒れ込みそうになる。放っておくと、彼は石畳で背中を強かに打つところだったが、
「――おじさん、大丈夫!?」
 済んでのところで、少年が背後に回って必死で青年を支えてくれた。
「……あ、ええ」
 姿勢を立て直し、青年は少年にもう大丈夫だと告げた。少年はそれを聞くと、長い安堵のため息をつく。
「よかったぁ――……」
「君こそ、大丈夫ですか? さっき思い切りぶつかっていましたが」
「僕は大丈夫だけどさ、おじさんこそ、自分の心配したら?」
「あ、そうですね」
 青年は、鞄と買い物袋を確認する。危うく手から荷物を放り出しそうになったが、しっかりつかんでいたので二つとも中身は無事だ。
「うん、鞄と買い物袋は無事でしたよ」
「いや、そうじゃなくて。……無事ならそれでいいけどさ」
 少年はどこか納得できない雰囲気だったが、それでも気を取り直すと、背中の鞄を一つ揺らした。
「じゃーね、おじさん。ぶつかっちゃってごめんよ」
「いえいえ。今度は気をつけてくださいね」
 少年は、青年が歩いてきた方向に走り去っていった。先ほどよりは注意を払っている様子だが、それはまるで一陣の風のようだった。
 青年は、ばいばいと手を振って少年を見送っていたが、
「――元気な子でしたね」
 青年は感心する。今の自分には、あんなに速く長く走ることはできない。若いということはそれだけで素晴らしいものなのか……。
……一応、彼も「若い」と呼ばれる年齢の人間なのだということを、念のためにここに付け加えておく。
 青年はしばし立ち止まっていたが、ふとあるものが視界の中に入り、彼は目を細めた。
「あれは……」
 青年のすぐ傍のビルの掲示板。近寄ってよく見てみると、それはワールド・ライディングデュエル・グランプリ――通称、WRGP――の告知ポスターだった。開催日は、明日の日時を記している。
「ああ、……もうそんな季節だったとは」
 青年は、胸の内に何かがすとんと戻って来たような感触を覚える。
 不動遊星が亡くなって以来、気づけばカードからは少々離れていた。進路を定めて、がむしゃらに突き進んで行って、何度もWRGPを観ずに過ごしていた。もし、ここで立ち止まらずにいたら、青年はそのまま家にまっすぐ帰り、次の日は一日中別なことをして過ごしていただろう。
「今年こそは、忘れずに観てみましょうか、WRGP」
 夕暮れはだんだん青みを増し、ビル街に星のような灯りがぴかぴかと舞い降りる。辺りが完全に暗くなってしまわないうちに、青年は早く家に帰ることにした。
 蓄積した疲労は、先ほどと全く変わらず身体中をぎしぎしときしませる。それでも、今の彼の足取りは心なしか軽かった。