君に届け!
「男だし、まだ高校生だし…、こんな風に思うのはおかしいかもしれないんすけど」
「いや、…べつにそこは、おかしくねぇべな」
おかしいのは静雄の思考だ。8つも年下の相手に合鍵を渡して、一緒に食事して風呂に入って、夜寝る時はベッドをシェアして、噛みついたりじゃれ合ったりして、ベタベタベタベタベタベタベタベタしているくせに、今度はまた、というかいまさら、いったいなにを言い出したのか。
まさかと思ってはいたが、本当に今まで無自覚のままだったのかと思うと、帝人の苦労が偲ばれた。いや、あちらもたいがい鈍感そうだが。
「自分でわかんないのか?」
「好き、…なんだと、……思う、んすけど、……」
「恋人にはなれない?」
意味ありげに言ってやると、ぱっと静雄が顔を上げる。どうやら核心を突いたのだろう。
「…家族みたいだと思ってたんすよ」
「家族って、お前さん、幽のやつにはベタベタしねぇべ」
「幽が、…もし彼女を連れてきたら、俺は素直に嬉しいって喜べると思うんすよ。けど、」
「竜ヶ峰くん、だっけか? 彼氏が可愛い女の子を連れてきたら、笑って祝福はしてやれない、と」
「はい…」
まあそうだろう、当然だ。
それはわかる。非常にわかりやすい。が、そこでなにに悩む必要があるのか、それがわからない。
「お前と彼氏がくっついたって、俺は別に偏見とかないぞ?」
「いえ、そうじゃなくて、…あいつまだ高校生じゃないすか」
真面目な顔で答える静雄に、トムはしまったと内心ほぞを噛んだ。なぜなら、静雄に散々『青少年保護条例』を吹き込んで手を出すなと忠告したのは、他ならぬ自分だからだ。
もっとも、トムが懸念したのは静雄が帝人を『襲う』ことであって、付き合うこと自体に反対した訳ではない。というか、ちゃんと付き合うことにしたのなら身体の関係だって有りだと思っている。
妙なところで真面目な静雄は、その違いがわからなかったのだろう。未成年とはいえ、今時高校生でそんなことを間に受ける人間の方が稀少だと思うのだが、恐らくトムからの忠告をそのまま受け取って、そして帝人を振ってしまった、ということか。
「あー…、お前が振ったってことは、彼氏が先に告白したわけだ?」
「それが、よくわかんなくって」
「いや!? わかんねぇはねぇべ」
「はぁ…」
2週間前の金曜日、静雄は帝人と外で待ち合わせて、外食をして、部屋に戻った。自分の気持ちがわからなくて、帝人にどう接していいかわからなくてちょっとぎくしゃくしていたのだが、だから同じく帝人もまたどこか緊張していたことに静雄は気付けなかった。
いつもより会話のないままテレビを見ていて、その映画がふとキスシーンに変わって、静雄は自分でも驚くくらいうろたえてしまった。慌ててチャンネルを変えようとして伸ばした手が、リモコンごと帝人の手をつかんでしまって、そして―――。
「好き、って言ってくれたんすよ…」
「……どこをどう取っても、そのまんまの意味だろ?」
「いや、けどあいつ、時々普通にそういうの言ってくれるんで。それで、わかんなくなっちまって…」
一瞬、頭に血が上ったのは嬉しさの為だった。自分と同じ気持ちを、同じ意味での『好意』を抱いてくれているのだと思って、歓喜が心を満たした。同じだと、自分もまた帝人を愛していると言おうとして、―――本当にそういう意味なのだろうかとふと固まった。
帝人は、まるで静雄を甘やかそうとするかのように『好き』という言葉をよく、自分に向けて言ってくれる。「大好きですよ」と、「ずっと友達ですよ」と笑ってくれるその顔を思い出して、…頭から冷水を浴びせられた気分になった。
同じ気持ちじゃなかったら、それがただの友達としての『好意』だったら、嫌われてしまうのではないだろうか。そう思うと、どう返せばいいのかわからなくなった。嫌われたくない。逃げられたくない。
だから、正直に思った言葉を告げた。自分も好きだ、大事だ、と。
対する帝人の反応は、どこか重苦しい雰囲気を孕んでいた。苦しそうな、泣くのを堪えているような顔で『大事な友人だ』と告げられて、やっぱりそういう意味だったのかと思う反面、じゃあなぜそんな顔を見せるのかとますます訳がわからなくなった。
早とちりしなくてよかったと、その時はひとまず胸をなでおろしたのだが、以後帝人は静雄を明らかに避けている。学生だから『期末テストがある』という言葉は嘘ではないだろう。だが同時に、それは静雄に会いたくないが故の言い訳でもある。
「実は気付かれてて、気持ち悪いとか思われちまったんすかね…」
「…あのな」
それはない。それはない。賭けてもいい、絶対にない。
そう思うのだが、いったいどう説明したものかとトムは言葉に困った。なにせ静雄は、本気でそう思いこんでいるらしい。
いや待て、「フッたことになるのかも」と、他ならぬ静雄自身がさっきそう言った。ということは、なにかしら自覚なりなんなり、感じ取るものがあったということだろうか。
「言葉どおり、お前さんのことを好きっつー可能性もあるべ?」
「はあ…」
「で、もしその彼氏が本当にお前さんと恋人になりたいんだったとしたらだな、―――お前はどうなんだ、静雄」
「…俺すか?」
お前と坊主の話だろ!!!、と大音量で叫びたい気持ちを飲み込んで、トムは穏やかな笑顔でゆっくりと頷いて見せた。こと恋愛に関しちゃこいつは小学生以下だ幼稚園児だ小さい子供と思え俺、と腹の中で呟く。
不思議そうに目を瞬いていた静雄が、何かを考え込むような素振りを見せ、それからうん、と首振った。
「これからもあいつと一緒にいれるんなら、…だったら俺は嬉しいっす」
「じゃあ、本人にちゃんとそう言ってやるんだな」
「言うって、…けど」
「まあ条例云々てのは、付き合ってんならなんの問題もねぇんだべ? だから、ちゃんと、」
「それって、付き合ってないのにヤッちまってると、マズいんすかね、やっぱり」
「マズいっていうか、……いや待て、『ヤっちまって』る?」
聞いてはいけない言葉を聞いた気がして、トムは思わず耳を指でほじくった。どうも言葉のニュアンスが、「付き合うまで我慢しなければならないのか」という感じではなかったような気が、ひしとする。