君に届け!
「仲いいねぇ」
「あ…、す、すみません。騒がしかったですよね」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけどねー」
いまさらながら自分の体勢に気付いて、帝人は慌てて静雄から身体を離す。ついいつもの癖で、静雄の上に乗っかかるような格好になっていたのだ。
振られたのに、図々しかっただろうか。いや、でも今までどおりに振舞った方が不自然な感じにならないだろうし、その方が静雄だって気まずくならずに済むはずだ。
うん、とひとり頷いて、帝人は茶碗蒸しをひとすくい口に入れた。出汁の味が染み出して、けれどもちょっと味が違う。静雄の家で食べたものよりもう少しコクがあるような気がするのだけれど、いったいなにが違うのだろう。
「ひと口くれ」
「あ、はい、どうぞ」
「ん」
木のさじですくって口元に持っていくと、ぱくりと静雄がそれをくわえる。促すようにまた口を開けるのに、帝人は茶碗蒸しをせっせと静雄の口にそれを運んだ。
「なんだろなー、これ。昆布出汁でも混ぜてんのか?」
「あ、でも僕は、静雄さんが作るやつのが好きですよ。あっさりしてて」
「こっちのが、もうちょい甘いよな。鰹節やめて鶏で出汁も取ってみるかな」
「甘いの好きですよね、静雄さん。でも、玉子焼きに砂糖はやめて欲しいです…」
「玉子焼きは砂糖だろ?」
「醤油と合わないじゃないですか!」
そんなことを言い合っていると、今度は正臣がわざとらしく咳払いをする。いったいなんなの、と睨むと、なぜかじっとりと恨めしそうな顔をされた。わけがわからない。
「竜ヶ峰帝人くん、…だっけか?」
「は、はい」
「うん、…竜ヶ峰くん、な」
トムには、以前お世話になったこともある。思わず居住まいを正すと、帝人を見て、静雄に視線を向け、もう一度帝人に向き直ってにこやかな笑みを見せた。
「いっそ静雄とくっついちまったらどうよ?」
「……はい!?」
「だから、付き合っちまったらいいんじゃねぇべ?」
「ええええええ!!?」
直球すぎる直球に、思わず目を丸くする。無意識に隣を窺えば、静雄は凍りついた表情で固まっていた。
…そうだ、自分はとっくに振られたのだ。
そう思うと胸が痛んだが、ここはちゃんと誤解を解いておかないと静雄に迷惑を掛けてしまう。
「あの、…静雄さん大人だし、僕なんか相手にされませんから」
「いきなりなに言いだすんすか。こいつ、まだ未成年すよ!」
「静雄さんから見たら子供ですよね…」
「いや、そうじゃなくて…、その、お前の方が俺よか落ちついてるだろ。スゲェしっかりしてるし」
「…同性ってのは、見事にスルーなんだなー」
「みたいだねぇ」
しみじみと呟く声に、あ、といまさらのように顔を見合わせた。
「そ、そうだよ! 僕も静雄さんも男なんだし!」
「そうっすよ。な、なにいってんすか!」
「ていうかさー、結局問題は年齢差だけなんだ?」
「正確には、年齢差があるっていう思い込みなんだよなぁ」
「ち、違うったら! 静雄さんは、その、かっこいいから。女の人にも絶対もてるから!」
「こいつは、俺みたいなんじゃなくて、ちゃんと可愛い女の子と付き合った方がいいんすよ」
「え…」
静雄のそれは、帝人には拒絶の言葉に聞こえた。あるいは、帝人の『好意』は高校生にありがちな錯覚だと、…そんな風にとらえられていたのだろうか。
お節介な親友を恨みつつ、帝人は言葉に詰まってひたすら机を睨みつけた。目を閉じると泣いてしまいそうな気がしてただじっとうつむいていると、どん、と正臣が机に拳を叩きつけるのが視界に入り込む。
「ああもう、あんたいったい何なんだよ! ヤるだけヤって知らん顔って、そりゃいくらなんでも無責任だろ!!」
「ま、正臣!」
そもそも責任を取って欲しいなんて思ったことは一度もないのだ。的外れなことで静雄を責められても困る、というか、そんな大声で、と思ったのだが、責められた本人は固い顔をしてうなだれている。
「そう、だよな…。責任取らなきゃ、なんねぇよな…」
「わかってんなら、今、ここで」
「…3日待ってくれ」
「へ? いや、3日って、アンタ、」
帝人に向き直ったその目が、真正面から帝人を捕らえた。真剣な眼差しに、どくりと心臓が跳ねる。
「3日以内に、池袋から出て行く。二度とお前の前には顔を出さない」
「静雄さん…?」
「色々迷惑掛けて悪かった。けど俺は、…俺はお前を、お前とずっと一緒に入れたらって、…欲張っちまった…」
「静雄さん!」
違うそうじゃねぇぇぇ!!!と、なんでそっちに行っちゃうの!!?と頭を抱える2人の様子に、静雄は気付いてはいない。一方帝人は、顔も見たくないほど嫌なんだ…、とこれまた正臣が聞けば発狂しそうな方向へと思考を飛ばしていた。
「ああああ明日! そう、明日!! こいつ誕生日じゃないっすか、平和島さんも祝ってやってくださいよ!!!」
「正臣、…ッ」
わたわたと爆弾発言を落とす親友に、慌てて止めるがもう遅い。なにが爆弾なのかと言えば、帝人は静雄に自分の誕生日を言っていなかったのだ。
ヤバイと思った時にはもう、静雄はがらりと雰囲気を変えていた。キレるのが早い男は、切り替えもまた早い。
「……明日? 誕生日が、明日?」
「です。けど、平和島さんは仕事なんすよね、明日」
ここだとばかりに、正臣は軽い調子で言葉を繋ぐ。が、静雄は明らかに怒っていた。それはもう、わかりやすいくらいに、はっきりと。
「……聞いてねぇ」
「言ってませんから」
「あれか? この間の、―――俺の誕生日の仕返しか?」
「違います! 仕事だって聞いてたから、その、……言いそびれて」
静雄の誕生日を、帝人は知ってはいたけれど、それを本人の口から聞いたのは前日の夜だった。気を遣って言わなかったのだと、それはわかる。けれども大事な人の記念日はちゃんと知っておきたいとそう思ったから、だから帝人も事前に言うつもりではいたのだ。
けれども、うっかり酔っぱらってのあれこれや、好きだのなんだのと自覚してしまってからはすっかり頭から抜けていた。挙句告白して振られてしまったのだから、誕生日です祝ってくださいなんて、言い出せるはずがないではないか。
そう言いたいのだが、ちょっと言えそうな雰囲気ではない。
トムでさえ思わず腰が引けるくらい、キレてないのが不思議なくらい、静雄はものすごく怒っている。
「欲しいもんがあったら言え」
「いえ、あの、別に」
「俺にできることならなんでもするし、なんでもやる」
「いえ、だから別に、」
「なんでもいいから言え」
なんでもいいだなんて、じゃあもし静雄が欲しいといったら―――。
思わず顔を上げて、けれども帝人はすぐにぶんぶんと首を横に振った。いくらなんでもそれはない。この状況で恋人として付き合いたいなんて言ったら、…本当は嫌なんだとしても、静雄はうなづいてくれるかもしれない、から。
そんな帝人の思考を掴んだかのように、正臣は目線で言えと促してくる。無理だと小さく首を振れば、今度はテーブルの下で足を蹴ってくる。