こらぼでほすと 休暇1
「ティエニャンとか? そういうのは、ハイネとかシンが詳しいから尋ねといてやるよ。
」
「お願いします。」
せっかくだから、流行の場所へでも連れ出してやろうと、親猫は考えたらしい。なんだ
かんだと忙しいよなあ、と、悟浄は笑いつつ、親猫のコップにウーロン茶を注いでやった
りする。
「ママ、ちっとも食ってないだろ? さんぞーのほうはいいから、ほら。」
一杯目の取り皿を、まだ食べ残しているので、悟空が、新しいのを放り込んで手渡す。
「すまないなー。」 と、ニールも口をつける。それを横目にして、うっすら笑ってる坊
主は、なんだか幸せそうに見えるのは、間違っていないだろう。
「なんていうんでしょ? 一発ハリセンしてやりたくなりますね。」
「やめてやれよ、八戒。せっかく、女房が戻って喜んでるんだから。」
冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、小皿に入れて渡している光景が、ますます幸せな
様子で、八戒は苦笑する。すっかり、ニールがいるのが当たり前なことになっている。
「悟空くんは、いつから夏休みなんだ? 」
「今週一杯で終わり。シンたちは、休みに入っただろ? トダカさん。」
シンとレイは、悟空より年次では二年上だから、授業も少ない。すでに、ゼミだけの出
席だから、休みも早い。普通は、就職活動があるが、それもアカデミーへ進学するので、
本当に休みになっている。
「ああ、その代わり、アカデミーへ進学するためのレポートがあるらしい。今年は、それ
と卒論で忙しいらしいよ。」
忙しいとはいうものの、まあ、『吉祥富貴』のMS組の仕事もあるからの忙しさだ。悟
空も来年には、進学か就職かの選択の時期が来る。今のところ、バイオに興味は湧いたの
で、アカデミーへ進学しようかな、なんて考えている。
「シンとレイは、博士になるんですか? トダカさん。」
「さあ、どうだろうね。とりあえず、マスター課程を修了しないとわからないな。博士の
前段階がマスターなんだよ、娘さん。」
シンとレイがアカデミーへの進学を決めたのは、そのほうが自由に動けるからだ。現段
階では、刹那たちの再始動は間違いないし、そのフォローをするには、就職していては無
理だと判断した。刹那たちが落ち着いたら、そこから就職しても良いし、プラントに戻っ
てザフトへ復帰してもいい、と考えているらしい。そのことは、ニールの前では告げてい
ないが、トダカには説明してくれた。
「博士って、なんかすげぇーなー。俺は、そんな人種を初めて目にしますよ。」
「きみだって、今から入れないことはないよ? なんなら、大学の後期課程あたりへ編入
してみるかい? 」
「いえいえ、俺は勉強は、もう十分です。」
今更、勉強に勤しみたいなんて殊勝な考えは、ニールにはない。子猫たちが、落ち着い
たら、そういうのも体験させてやりたいな、とは思った。
「刹那たちはやらせてやりたいな。」
「そうだね。あの子たちには、そういう余暇があってもいい。」
少し先の話になるだろうけどね、と、トダカは区切った。それだって、再始動して無事
に終われば、という非常に厳しい状況だ。わかってはいるが、親猫の気持ちには同意する
。
「次、刹那が戻ったら、うちの学校を案内してみようか? ママ。」
「うん、頼むよ、悟空。」
「あ、お土産は何がいい? あっちのお菓子とか? 」
「俺、悟空たちの行く地域のことは、からっきしだから、どんなだったか聞かせてくれた
らいいよ。」
「何にもないぜ? 本山の寺院の傍なんて、今だにジャングルちっくだ。サルとか鳥は珍
しいのがいるけど、あれ、持って帰れないしなあ。パンダは、ちょっと大きいし。」
「生き物はやめてくれ。世話できないぞ。」
「そうかー、んじゃ、お菓子かな。」
そういう問題じゃないんですが・・・と、八戒がツッコミだ。悟空が言うサルとか鳥と
かパンダは絶滅危惧種で持ち出し禁止の生き物たちだ。飼うとかいう次元の話ではない。
「パンダなら、特区の動物園にもいるぞ? ママニャン。」
「本物って見たことないな。」
「じゃあ、私と散歩がてらに見物に行こう。あれは、見た目は可愛い。」
「うん、凶暴なんだよな。デカイしさ。」
「え? 凶暴なのか? 悟空。」
「だって熊だもん。肉食じゃないけど暴れるとすごいぜ、ママ。」
アイルランド人には、パンダはあまり見たことのない動物だ。ちょっと興味が湧いたの
で、トダカに案内してもらうことになった。
里帰りして、二日目のブランチの席で、散歩に行こう、と、父親が娘を誘った。近くを
ぶらぶらするものと思っていたら、いきなりクルマの鍵を取り出したので、娘のほうは、
あれ? と、首を傾げた。
「約束しただろ? パンダ。」
「・・・ああ、行くんですか? 本当に? 」
軽い冗談だと思っていたのだが、本気だったらしい。ウィークデーだから、夕方には仕
事があるはずの父親は、クルマを発進させてから、「実は、私も実物は見たことがないん
だ。」 と、告白した。
「え? トダカさんも? 」
「オーヴにはいなかったんだ。それに、動物園なんて子供と行くところだから、縁がなく
てね。」
ずっと、ヤモメのトダカには、そういう用事は、今までなかった。わざわざ、特区まで
デートに来る暇もなかったから、パンダを目にしたのは、メディアの映像だけだ。
「三十路前の俺と動物園っていうのも、おかしくはないですかね。」
「別に、きみは私の娘なんだから、娘さんとデートするなら、いいんじゃないか? ニー
ルも見たことがないんだろ? 」
「ありませんね。俺も、子供の頃に行ったきりで、動物園とは縁がなかったな。」
アイルランドの動物園にもパンダはいなかったし、両親に連れて行ってもらったのも十
代の頃の話だ。あれから、そういうところへ行く用事は、ニールにもなかった。
「あ、そうか。刹那たちも連れて行ってやればよかった。」
何度も降りてきているが、近くの水族館には出かけているが、動物園はなかった。よく
よく考えたら、マイスター組もフェルトも、こういう経験はないだろう。
「次回から、そこも予定に入れればいいさ。」
「そうですね。ティエリアは喜ぶかな。」
「うーん、喜びそうな気はするよ。実物っていうのは珍しいだろうからね。」
知識として、地球上の動物については知っているだろう。だが、ティエリアも実物は目
にしていないはずだ。そう考えると、案外、楽しんでくれるかもしれない、と、ニールも
考える。
特区の中心地から少し外れたところに、その動物園はあった。さすがに、夏休みとはい
え、ウィークデーの午後なんて、人影は少ない。とりあえず、お目当てのパンダを見よう
、と、園内地図を二人して確認する。人気のパンダ舎は、存外、近くにあった。夏場のこ
とも考えられているのか、観察する側にもクーラーが入っていて快適だ。
ガラス張りの向こうに、ぐってりと伸びている大きな白黒のパンダが二頭、寝転がって
いる。
作品名:こらぼでほすと 休暇1 作家名:篠義