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ノッキンオンヘブンズドア

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 左手に、青い色の看板が遠く見えた。二車線の内側を走っていたのを左に寄せる。配送のトラックが駐車場を出ようとするのを待って、ハンドルを切った。夜のコンビニは潜水艦のようだ、と沖田は思う。音もない夜の底で煌々とあかりを灯して潜行している潜水艦。絞られた音量で流されるBGMと眠そうな店員の声、にんげんがその中で生きている雑多な音。そういうものが途切れ途切れに低く夜の底に響く。エンジンを切り、ハンドブレーキを思い切り引いた。シートベルトを外そうとする前に、いいよ総悟俺が行くから、なんか欲しいもんある? そう近藤は行って助手席を出ようとする。沖田は小さく首を振って、近藤の背中を見送る。バタンと大きな音をたててドアが閉まる。その一瞬、外の空気が流れ込んで沖田を窒息させようとする。傘も持たず、足早にコンビニの入口に吸い込まれようとしている黒い隊服の背中を見つめながら、沖田はホルダーに置かれたペットボトルの中身を飲み干した。温い。
 空のボトルを潰して屑かごに放る。ハンドルに突っ伏して、徐々に雨に浸食されてゆくフロントガラスを睨む。駐車場にはこの車しか停められていない。客も近藤一人のようである。会計を済ませた近藤がじきに戻ってくる。雨粒が肩を濡らせて、沖田はそれを惜しいと思う。お茶のペットボトルだけを抜き出した近藤はまだ中身の入っているビニール袋を沖田の膝の上にのせて、シートにからだを沈ませた。中を覗くと、ミネラルウォーターとブラックコーヒー、タブレットガムが詰められている。頑張ってね運転手さん。……どうも。近藤は同じく買い求めたらしいビニール傘を後部座席に立てかけて、ペットボトルのキャップを捻った。……なんで、傘なんか。だって総悟は傘持ってないでしょ。答えになっていない返事をしながら近藤はシートベルトを締める。沖田はエンジンを始動させる。もうすっかり車通りの少なくなった道を走る。
 膝の上でわずかに発熱している缶を取り出すと、近藤に向けて突き出した。……なに、要らない? いや、開けてくだせぇ。前方に目を向けたままである。近藤がどういう顔をしているのかは判らなかったが、かすかな笑い声が聞こえた。沖田の手から小さな缶が抜き取られる。プルトップを起こすときの、空気が抜ける音がする。再度沖田のてのひらに握らされたそれを口元に持っていって一口すすりあげた。酸味ばかりが強い。もう二口飲み込んでホルダーに置く。ラジオは相変わらず歌詞の判らないロックを流し続けている。……総悟、次の交差点右行って。
 ナビの矢印はずっと直進を示している。沖田はちらりと助手席に目をやって、すぐに前方に視線を戻した。近藤は、今度はずっと前を見ていた。計器に照らされた横顔の稜線。沖田はなにも言わずに右の車線に車両をのせる。ウインカーを出したまま、無人の交差点を右折した。松林の中をアスファルトが続いてゆく。次を左な。近藤の指示のままに今度は左にハンドルを切る。一車線の狭い道、ガードレールの向こうには砂浜が広がった。修正されたナビの矢印はこの道を直進せよと指示している。窓に横に流れる雨粒を少し眺めて、海ですかぃ、と呟いた。今が昼で、晴れの日だったら、もっとよかったのになあ。緩やかなカーブで海岸沿いに走る道の先を眺めながら近藤はそう寄越した。ミラーを見る。眩しげに眼を細めている様子に、太陽すら出ていないのにと沖田は思う。重たく水分を含んだ雲はそれこそ今にも落ちそうに海の上に垂れこめている。絶え間なく打ち寄せる波の上に、雨の落ちる様子はどんなものだろうとふと思った。
 あ、そこから降りられるな。指差した先、街灯の下、ガードレールが途切れてコンクリートの階段ができている。……降りるんですかぃ。眉をひそめる一方でアクセルを踏む足を緩める。路肩に車を停車させると、沖田の目の前に先程のビニール傘が突き出された。後部座席に身を乗り出していた近藤は自分も傘を手に持ってシートベルトを外している。沖田の問いに応えることなく、近藤はドアを開け放って外で飛び出して行った。沖田の目の前をヘッドライトに照らされた臙脂の傘がよぎってゆく。観念してエンジンを止めた。キィを抜き、シートベルトを緩める。ドアを開けた途端、雨が降り込んできて閉口した。ジャンプ傘は骨を軋ませてビニールの膜を広げる。ガードレールから眺める黒い海は、ゴウゴウとそのからだを唸らせている。雨はピークを過ぎていた。アスファルトに跳ね返る滴も些細なものだ。風もさほど強くない。しばらく、そうして砂浜を見下ろしていた。臙脂の傘は沖田の視界の左前方、波打ち際でゆらゆらと揺れている。小さく、近藤さんと呼びかけた。波の音に遮られて聞こえるはずもない声量である。声は風にも乗らず雨に打たれて足元にひしゃげて落ちた。
 近藤さん。砂浜におりて呼びかけた言葉は、今度は届いたようである。雨に濡れた砂はぎゅっぎゅっと革靴を鳴らせた。波打ち際に佇んでいた近藤は傘を揺らせて振り返る。……雨の海ってのも、おつなもんだな。そうしてふ、と柔い息を吐きだした。灯りのない夜の海は互いの表情をけぶらせる。夜に慣れた目でも輪郭を捉えるのでせいいっぱいだ。傘がくるりと回る。沖田の視界から消えたそれは砂を鳴らせながら波打ち際を歩いてゆく。海鳴りはもうずっと低く低く鼓膜を震わせていて、からだのほとんどがそれに浸かった。ゴウゴウという音。ふと、この場でてのひらで耳をふさいだら、なんの音が聞こえてくるのだろうと思う。……傘を持った手ではそれもままならない。沖田は海を眺めていた目をそらし、砂を鳴らせて近藤のあとを追った。