こらぼでほすと 休暇2
「いや、適当にやりますよ? 三蔵さん。」
「で、ひとりで熱中症で転がって干物になるのがオチだ。」
「俺は、そこまで抜けてませんがね? 」
「かなりボケてるぞ、おまえ。俺が保証してやる。」
「いりませんよ、そんな保証。」
寺の夫婦が、ふたりしてお茶を啜りつつ、そんな応酬をしている。長閑な光景だ。悟空
は、それを聞きながらポリポリと柿の種なんぞを齧っている。今から、二週間の出張に行
くような雰囲気ではない。
「沙・猪タクシーです。荷物取りにきましたぁー。」
悟浄のほうも、軽く声を張り上げて居間に入る。いつものことだから緊張感なんてもの
はないのは、沙・猪家夫夫も似た様なものだ。
「お疲れ様です。」
「そちらこそ、お疲れ様です、ニール。しばらくは、鬼畜生臭坊主が留守だから、羽根を
伸ばしてくださいね。」
「あはははは・・・はいはい。昼寝三昧で暮らしますよ。」
八戒が声をかけると、ニールのほうが立ち上がる。お茶でも、と、思ったらしいが、そ
んな悠長なことをしている時間はない。
「三蔵、ぼちぼち出ないと間に合わねぇーぞ。」
「もう、そんな時間か。サル、行くぞ。」
「おう。ママ、行ってくるぜ。」
そして、坊主とサルも立ち上がって荷物を手にする。沙・猪家は、空港までの足に借り
出された。まあ、そのままドライヴデートに洒落込むつもりだ。
「忘れ物はないですか? 」
「あったら、おまえが宅配すりゃいいだろう。」
べしっと寺の女房の尻に軽く蹴りを見舞って、坊主は廊下へ出て行く。まあ、忘れ物が
あったとしても些細なことだ。基本的に、本山の寺院に三蔵が行ってサインするのがメイ
ンの仕事だ。後は借りれば済むものばかりだ。
「ママ、あんまり動きまくんなよ? 暑いんだからさ。」
「ああ、わかってるよ、悟空。」
「それから、クーラーはつけっぱな? 今年の暑さは異常らしいからさ。」
「うん、そうさせてもらう。」
悟空は、この注意事項は昨夜、ティエリアにも伝えた。今年は、温度が高いという予報
だから、なるべく外出は控えさせてくれ、と、言ってある。涼しい気候に慣れているニー
ルは、毎年、特区の夏の暑さには辟易しているからだ。
山門の前に、悟浄のクルマが停まっていてエンジンをかけている。車内を冷やさないと
乗る気になれないぐらいに、すでに暑い。山門近くの木には、セミが大量に張り付いてい
るらしく、ミンミンと大合唱だ。あー今年も暑いなーと、その木を見回していたら、ふい
に坊主が、「土産は浮き輪だ。」 と、その女房におっしゃる。
「はい? 」
「カナヅチには浮き輪だろ? 」
「そんなもん、そこのスーパーに売ってるからいりません。それより、晩酌は控えめにし
てくださいよ、三蔵さん。あっちのお坊さんたちを口説いたら、怖いですからね。」
「あーそっちは、俺が見張ってるから大丈夫だ、ママ。」
「てか、それやらかしたら、さすがに破門してくれるんじゃないですか? 三蔵。」
「・・・・八戒、それ、もうやってるけど、大うけしただけだったぞ。」
たまに、度を越すこともあるわけで、不運な僧侶が被害にあったりしているが、本山の
三蔵の上司は、手を叩いて爆笑しただけだ。それぐらいで、破門なんかしてくれない。む
しろ、おもしろいから、もっと飲ませろ、と、煽られたほどだ。
「さすが、と言いますか、なんというか。」
「一応、こいつ、最高僧だからなあ。代えがねぇーんだろーな。」
というか、三蔵は、ある意味、特別製なので、どういう行いをしても、その最高位から
失墜する心配はない。三蔵の上司たちは、猫可愛がり状態で、こんな破戒僧を愛でている
ようなものばかりだ。おそらく、ニールと結婚した、と、報告したら祝福して会いに来る
に違いない。
「あの、八戒さん、三蔵さんの所属する仏教って戒律は厳しくないんですか? 」
「いえ、この坊主は、破戒僧、つまり戒律を守らないので有名な坊主だから、みんな、諦
めているが正解です。悟空、助手席に乗りますか? 」
「うん、そうする。」
はいはい、さくさくと動いてください、と、八戒が時計を見て、坊主たちを動かす。本
当に時間がヤバくなってきた。
「いってらっしゃい、気をつけて。」
「いってきまーす。」
手を振っているニールの前から、クルマは走り出した。午後から、トダカが顔を出すと
言っていたから、ひとりの時間は、あまりないだろう。
空港までの車中で、そういえば、と、先日、連絡のあった本山の幹部のことを思い出し
た。
「捲廉さんが、変わったことはないか? と、連絡をくれましたよ? 三蔵。」
「けっっ。」
一番、常識派の男は、宅配便の文字に、何か気付いたらしい。それまでの三蔵と悟空は
、着の身着のままで来て、適当にしていたのに、宅配便で着替えや酒、夜食が送られてく
るという事実は、おかしいと感じるものだ。その常識派の相方は、常識はあるが使う気の
ない男なので、気付いたのか気付いていないかは不明だ。
「捲廉のこったから、天蓬にも言ってんじゃねぇーか? あいつ、笑顔でストレートに質
問してくるんだろーな。」
「八戒、なんて答えた? 」
悟浄のチャチャなんて無視して、三蔵は八戒のほうに続きを促す。何か言ったのなら、
そのつもりでいないと、いらんことをやられる。
「『これといってはありませんが、世俗にまみれています。』 と、申し上げておきまし
た。だから、確実に天蓬さんが襲いに来ると思います。」
「うぜぇ。」
「だって答えようがないでしょ? まさか、こちらもストレートに、『三蔵が女房を貰い
ました。』 なんて言ったら、大喜びで特区へ遠征してきますよ。どうせ、暇にしてるん
だから、そりゃもう、金蝉さんも連れて一緒についてくるんじゃないですか? 」
そう、絶対にやる。三蔵の上司というか、その宗教界の上のまた上の方たちは、世が平
和なので、とっても暇だ。いや、あちこちといろいろとあるが、人間がやらかしているこ
とは人間で片をつけろという考えだから、とっても暇なのだ。なんせ、悟空と同じ人間で
はない人外の方たちだから。
「俺、金蝉たちと会うの久しぶりだ。なんか奢ってもらおう。」
「悟空、ママのことは同居人ということで、お話してくださいね。」
「別にいいじゃん。俺のママしてくれてるのは事実じゃん。」
「ああ、ダメだ。こりゃ、遠征してきやがるぞ、八戒。」
悟空の言葉を聞いたら、確実に、遠征してくるだろう。悟空の元保護者たちだ。新しい
ママの値踏みはするはずだ。それに、それで三蔵をからかえるとなれば、天蓬は嬉々とし
て現れる。そういう方だ。
「別にいいんですけどね。それなら、それで、何かしらの土産は携えてきて欲しいですね
。ニールの身体に効くクスリとか、刹那くんが怪我しないような護符とか、そういうのが
欲しい、と、悟空、おねだりしてください。」
「オッケー。役に立ちそうなものを持って来いって言っておく。」
「八戒、おまえ・・・・・」
作品名:こらぼでほすと 休暇2 作家名:篠義