ぐらにる 流れ クッキー
「いいんだよ、アレルヤ。『気晴らし』なんだから・・・・それに、あいつは俺のことは気付いていないからな。」
「大丈夫かい? ロックオン。」
アレルヤが考えていることは判る。あの男だと判っていて、それでも戦えるのか、と、心配しているのだ。
「大丈夫。・・・・そんなことで悩むつもりはないよ。むしろ、確実に俺が狙い撃つつもりだから。」
「・・そう、それならいいんだけどね。それから、たまには、刹那と一緒に寝ないと真実味がないと思う。」
「あーそう言われりゃそーだな。」
「てか、じじい、おまえが女役だってことになってんぞ? ほんと、あんたは愉快だな?」
以前、刹那が余計な報告をしてくれたお陰で、俺が女役だと思われている。いや、いいんだが・・・刹那との体格差を考えると笑える事態だ。ハレルヤが、それを指摘して、キシシシシと笑った。
「なんでもいいよ。・・・それより楽しんで来いよ? 二人とも。買出しはないと思うから、のんびりしてくりゃいいぜ。」
「おう、アレルヤがペットショップ巡りをするんだとよ。俺は、合間に遊ばせて貰うつもりだ。」
「ティエリアに、なんか土産を買って来てくれないか? あいつ、また降りないとか言ってるからさ。」
「了解。」
重力が苦手なティエリアは、地上待機というのは、余程のことがない限りやらないので、各人で何かしら土産を買ってくるようにしている。以前は、俺が連れ出していたのだが、『気晴らし』をするようになって、それもしなくなった。怪しまれていないだろうか、と、考えるのだが、刹那もアレルヤたちも、「問題ない。」 と、言う。
・・・・次の時にでも、誘ってみよう・・・・
ずっと閉鎖空間にいるのも気詰まりだろうと思うので、次回の時に、連れ出すことを計画しているのは、内緒だ。言えば、刹那たちが反対するのは、眼に見えているからだ。
「じゃあ、頼んだぜ。」
そう声をかけて、部屋を出ようとしたら、ハレルヤに引き止められた。
「あのさ、メガネのことは心配しなくていいぜ? 俺らで誘うから、あんたは、『気晴らし』を優先しな。」
「え? 」
「こっちにいる時は、俺らのことで忙しくしてんだからさ。・・・だから、休みぐらい好きにすればいい。刹那だって、そう思ってるから、あんたに協力してんだと思うしな。」
「けどよ、ハレルヤ。」
「いいから、俺らの言う通りにしてろ。ほら、ちびのところへしけこんで来いよ。」
どすっと背中を叩かれて、部屋から追い出された。マイスター組も、互いのことを気遣えるようになったのだというのは、非常に喜ばしいので、ちょっと頬を歪ませつつ、刹那の部屋へ向かった。次は、四人で降りて、どこかへ観光に出かけるのもいいかもしれないとは思い直した。
もしかして、と、親友のために、塩キャラメル入りのトリフとシャンパンを用意して渡した。しかし、友人は、それを見て苦笑した。
「今回は無理らしい。先日、やって来たのでね。・・・・姫が現れるまで、これは大切に保存しておくよ、ビリー。」
「おや、そうだったのかい。じゃあ、今日ははフリーなら、僕でよければ付き合うよ? グラハム。」
年に一度の日だから、一人で過ごすのは、どうかと思った。彼の大切なお姫様の代わりというのも、おこがましいが、お祝いをするぐらいは付き合いたいと思ったのだ。
「ありがとう。では、きみに、そのお礼も兼ねて、いいものを進呈しよう。」
片手にしていた小箱を、僕の机に置いて、彼は中身を取り出した。小さなタッパーには、何かが詰められている。パカンと開けるとクッキーが詰まっていた。
「これは? 」
「姫からの贈り物だ。」
一枚を取り上げて、彼はぽりぽりと食べて嬉しそうに笑っている。こちらに来られないから、それを贈ってきたらしい。それは、どう見ても市販ではなく手作りのものだった。
「へぇー家庭的なんだね? きみのお姫様は。」
「ああ、料理の腕は、なかなかのものだ。菓子は、初めて食したが、これも甘すぎずいい味なんだ。」
そのタッパーに詰められたクッキーを、しばらく眺めて、ふと気付いた。アルファベットのクッキーだと思ったが、文字が偏っている。ひとつずつ、その文字を取り出して机に並べて、僕は笑ってしまった。
「何がおかしいんだ? 」
「きみ、気付いてないのかい? グラハム。さすが、きみのお姫様は、恥ずかしがり屋だよね。・・・・こんなところで愛の告白なんて・・・・」
「なに? 」
そこにあるのはアルファベットの四文字。それ以外の文字は入っていない。何も言葉にしてはくれないと、愚痴っている彼のために、それを用意したのだろう。なんとも奥ゆかしい。ちゃんと順番に並べて、彼に見せると、彼も一瞬、沈黙した。
「せっかくのお姫様の告白を・・・きみは気付かずに食べてしまうところだったわけさ。」
机に置いたエルの文字を摘み、僕は、そう言った。「愛してる。」 という四文字の文字ばかりのクッキーを用意するなんて、特別の日に相応しい贈り物だ。
「なんと、私は鈍いのだろうな。・・・・姫のお手製というだけで舞い上がって、メッセージには気付かなかった。」
友人は、次のオーを摘み、口にする。言葉に出来ないお姫様からの言葉なんてものを噛み締めて、本当に嬉しそうに笑った。
昨年は、強請って、言葉にしてもらった。今年は、目に見える言葉だった。何度も、『愛してる』と、囁いているが、姫から応えてくれたことはない。特別な日だから、昨年、そう言って贈ってくれたから、今年は、こうしてくれたのだろう。
ビリーは、次のブイとイーを摘み、「僕は、これだけで十分だ。後は、きみが食べないとね。」 と、タッパーを閉じた。
次に姫と会うまで、それを一枚ずつ楽しんでいよう。言葉を綴らない私の姫からの言葉は、私には何よりの贈り物だ。きっと、姫は面と向かっては、この言葉を紡がない。
だが、こうやって贈ってくれる気持ちがあるだけで十分だと私も思う。姫は、何も欲しがらないから、お礼を考えるのも、一苦労だが・・・・次回までの楽しみにはなるだろう。
「ビリー、姫にお返しをしたいんだが、何かあるだろうか? やはり、こういう場合は、マリッジリングを手にプロポーズすべきだと思うか? 」
「いや、いきなり、それは・・・・ああ、でも、きみなら、それでもいいのかもしれないね。きみに付き合えるお姫様なんだから、きみの行動くらいで驚かないんだろうしね。・・・・それなら、リングを探しに行くのに付き合うよ。それから、今夜は食事でも奢るよ。」
いきなり、プロポーズされたら、彼のお姫様は、どうするのだろう? きっと、笑ってはくれるだろう。呆れたように笑うのか、嬉しそうに笑うのか、そこまでは、僕にもわからないが。
「ああ、今日は、なんていい日なんだろうな? ビリー。また、思い出に残る記念日が増えた。」
「毎年、こうやって言葉が増えていくといいね? グラハム。」
「姫から貰える言葉が、毎年、楽しみになる。」
作品名:ぐらにる 流れ クッキー 作家名:篠義