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【マギ】光あるうちに光の中を歩め

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 私たちは今、ついさっきまで同盟国会議が催されていたアルテミュラ国に滞在している。ちなみにこの集まりは会議の終了を祝した非公式の宴で、最近では七海同盟の名物になりつつある、とでも言っておこうか。とはいえ、私はいつまでたってもこの宴席に馴染めないでいるので、シンほどは歓迎も熱中もしていない。政務官の任を受けてからというもの、腹の探り合いも皮肉の応酬も、元々才覚があったと揶揄されるほど上達したが、どうも交渉事が絡む酒の席は苦手なままだった。それを知っているくせに、シンは私を連れ出すのをやめようとしない。私がいない方が飲みやすいだろうに、妙な人である。
 きらびやかな慕情を歌い上げた声が途切れ、広間に喧騒が戻る。すると長官はそれを待っていたと言わんばかりに微笑み、高らかに手を叩いた。
「そうだ、ステーキも召し上がってくださいな。最高級のナツメヤシを飼料にしておりますから、舌に乗った瞬間とろけてしまうと評判なんですのよ。ほら、持ってきてくださる?」
「いえ、私は肉は……」
 食べないんです、そうつぶやいた声は宮女らの足音に重なり、私は彼女たちが抱えた銀の盆に対面する羽目になった。宮女たちはまるで羚羊みたいにほっそりとした足をしていた。そして長官と同じく、たっぷりとドレープを取ったドレスに身を包み、やはり彼女に似た優雅な微笑みをたたえていた。盆の中央に鎮座するのは湯気の立つ肉の塊で、それは銀のナイフでもって柔らかく切り分けられてゆく。再び現れた困難にめまいがする。マスルールに助けを求めようにも、彼は数人の踊り子たちに取り囲まれ、声をかける隙もない(彼はその無関心ぶりのわりに、どういうわけか女にもてた。シャルルカンなどは折に触れてそれを取り上げ、世の中は不公平だと口を尖らせている)。
「あら、宗教上の理由?」
 残念だわ、と長官が言った。彼女に付き従う宮女たちは戸惑いを見せ、青い瞳をさ迷わせている。
「あー、そういうわけではないんですが……」
 肩を落とす宮女らに笑いかけ、酒杯に満たされた葡萄酒に口をつける。乾いた喉が痛む。妙に歯切れが悪いのは、酒に酔ってしまったからなのだろうか? 肉を食べないことに大した理由はない。それはかつての習慣の名残でしかなく、そう教え込まれたから今も従っているにすぎない。いや違う、これじゃあ過去に理由を押し付けているだけだ。私は選び取ったはずだ。選択肢を与えてくれた彼の意思に反し、悲しませると知っていても、そうせずにはいられなかった――。
「おぉ、美味そうな肉じゃないか。お嬢さんたち、俺にもいただけるかな?」
 長官が歓声を上げ、新たな人物の登場に宮女たちは頬を染めて囁きあう。低く響く声の主は、金属器で飾り立てられた盛装に身を包み、ゆるく酒杯を傾けるシンドリア国王その人だった。
「これは美味い! さぞ開発に苦労なさったのでしょうな、長官」
 シンは切り分けられた肉をさらうと、長官の肩を抱き、星の光が漏れる窓際へと歩き出した。その堂に入った振る舞いに、私は賛辞の言葉すら返すことが出来ない。乾いた舌が歯にくっつく、唇の端についた汗が塩からい。彼に秘密を気取られたのではないかと、そればかりが頭をめぐる。
「まぁ、シンドバッド王! これは今まで国内のみの流通にとどまっていたのですけれど、同盟内の貿易に限ってお出ししようと思っていますの。どうです? 貴国の宮殿でもお出ししては。きっと皆さまも気に入ってくださいますわよ」
「それは素晴らしい! ぜひお話をお聞かせ願いたいものだ」
 長官はまろみをおびた頬をばら色に染め、鮮やかに浮き上がる唇をなぞった。彼らの商談は、窓からためらいがちに覗く月の光に照らされていた。長官は熱っぽく商品を売り込んでいたが、私が思うに、彼女はほとんど恍惚状態だった(その熱はさざなみのように広がり、突然の雨が吹きこんでくるまで消えはしなかった)。一方のシンは憎らしいくらい冷静で、彼は時折琥珀色の瞳を細めると、いたずらっぽい視線をこちらへ寄越した。シンはいつもこうだった。苦境に陥った者を見捨てられず、あっという間に心配事を取り去ってしまうのだ。私は彼の真実に触れる度、それを理解し、出来るならば純粋にそれを保存したいと思った。けれど現実に私が出来ることといったら、ただそれをあてもなく眺め、王の慈悲を唇で刻むくらいだった。
 酒杯のふちを舐め、熱く火照ったまぶたをなぞる。シンは笑っている。その笑顔が王としてのものでも、彼の優しさを差し出されたというだけで、私は息が止まりそうだった。



「シン、ちゃんと歩いてください。今マスルールが駱駝を取りに行っていますからね」
「あー、大丈夫、大丈夫だって、ジャーファルは心配性だなぁ」
 酔いつぶれた主人の肩をかつぎ、霧の立ちこめる庭園を歩く。私は繰り返しシンを励まし、時には酒くさい息を吐く唇をつねってやったが、彼は西方風の東屋や極彩色の花々に向かって手を振るばかりで、どうも心もとなかった。けれど今日ばかりはそれも仕方がないのかもしれない。宴は夜半をすぎても勢いを欠かず(召使いの数が減り、まるで櫛の歯が欠けたようになっても、王たちは盛んに酒を酌み交わした)、東の空が白み始める頃になってようやく幕を下ろしたのだから。
「あと少しですからしゃきっとしてください。あぁもう、帰ったら禁酒ですよ!」
 私たちは何度も砂利道に足を取られ、その度に口争いをした(とはいっても、シンは前述のとおりひどく酩酊していたので、実際のところは私の一人芝居だった)。アルテミュラ王が用意した離れは、庭園を南へ通り抜けた先の、円形のアーチに縁どられた泉の近くにあった。それほど距離はないはずだが、いかんせん霧のせいで感覚がつかめない。やはり素直に大広間でマスルールを待った方が賢明だったのだろうか? いや、駄目だ、あれ以上宮女たちに醜態は見せられない。
「だって美味かったんだから仕方ないだろう? そうだあの葡萄酒も宮殿で使おうか。どう思う、ジャーファル」
 彼はとろけた瞳でそう囁き、日焼けした指先で私の目元をなぞった。私たちはいつの間にか足を止め、お互いを見つめ合っていた。彼の耳飾りは水滴で覆われていた。太陽の匂いがする黒髪も、麝香の香りがするたくましい首筋も、まるで雨の中にいるみたいだった。
「はいはい。それに関しては日を改めて話し合いましょう」
 私はつばを飲み込み、無理やり足を踏み出す。
分かっている、これが全部私のせいだってことくらい。彼が必要以上に飲んだのは私をかばうためで、こんなんじゃあ部下失格だってことも、ちゃんと分かっている。
「あの、すみません、私をかばって、その……」
「ん? そんなこと気にしてたのか。俺は飲みたいから飲んだし、食べたいから食べた。それだけだ」
 シンは冗談めかして笑うと、私の腕をほどいてゆっくりと歩き出した。そんなことを言ったって、あれは私の過失だ。彼に秘密を作って、政務官としての勤めを放棄した。あれは私が――。
「知ってるさ、お前が肉を食べないのは匂いをつけないため、風下にしか立たないのは誰かに気取られないように、だろう?」
 私は足を止め、シンの背中を見つめる。
(あぁ、あなたは気づいていたのか……)