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難攻不落の男

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 とはいえ彼もものすごい勢いで杯をあけていたわけではなかったし、顔色だってひとつもかわりはしなかった。要するに大人なのだ。自分の酒量も、酔っていい場面、悪い場面もきちんとわきまえ、それに従うことの出来る。エドワードは自分がまだ酒を飲む年ではなかったし、興味も無かったから単純にそう考えたが、実際大人になっても酒に飲まれないのはそんなに容易なことではない。ロイのそういったマナーは恐らく大人の他の人間から見ても随分立派なものだっただろう。
「もう少しいるかい?」
「…っ」
 驚いた。
 慌てて振り向けば、そこにいたのはミーナだった。彼女はにんまりと笑って、赤い液体の入ったカラフェを持っていた。驚きのまま目を見開けば、彼女はさっさとエドワードのグラスにそれを注いだ。
「ちょっと待ってな、ソーダも入れたげる」
「え、でも…」
「大丈夫さ。坊やは紳士だからね」
 彼女はウィンクしてから体を捻ると、カウンターに載っていた恐らくソーダなのだろう、それをグラスに注いでくれた。それからマドラーでくるくるとかき回す。
「ほんとはシェイカーで振ってやればいいんだろうけどねえ、あたしゃああいう細かい作業は苦手で」
「はあ…」
 呆気にとられているエドワードに、ミーナは飲みたかったんじゃないのかい、と不思議そうに首を傾げた。
「飲みたかった」
 ミーナの言い方があまりに自然だったので、エドワードも釣られてごく自然な口調で返す。
「そうかい。じゃあ、お飲み。なあに、誰だって最初は飲めないのさ。そっから一生付き合えない奴もいるし、どんどんはまっていく奴もいる。でも誰だって最初は何も知らないんだ」
「……」
「どうせ覚えるなら、信用できる大人が一緒の時がいい。皆そうやって大人になるんだからね」
 エドワードは、何と答えたらいいかと悩んだ結果、結局何も言わずにグラスを傾けた。それはさきほどより原液の割合が濃かったようで、とろりと甘く、そして喉があつくなった。
「…ミーナ!」
 エドワードがこくりと首を傾げるようにグラスを舐めた瞬間、ミーナの背後から戻ってきたらしいロイの、幾分慌てたような声が響いた。咎めているようにも聞こえなくはない。
「おや、坊や。おかえり」
「飲ませないでください、この子は未成年なんだ」
「じゃあ一瞬でも離れるんじゃないよ。小僧っ子がナマ言ってんじゃないよ」
 ふん、とミーナが鼻で笑った。ロイは頭を抱えるようにしてうめく。
「この店だから一瞬くらいは目が離せるんでしょうが…」
「おや、随分買ってくれてるんだね」
「だから…、まあ、いい。…鋼の、大丈夫か?」
「…なにが?」
 顔を上げると、ロイが心配そうな顔をしてこちらをのぞきこんでいた。大丈夫か、といわれても、特に変わりはないので、エドワードは困惑気味に首を傾げた。さらりと前髪が揺れて、鬱陶しいと感じた。
「…だめそうだ」
「だから、なにが?オレ、全然いつもとかわんないけど」
 ロイが天でも仰ぎだそうな顔をして言うので、むっとして言い返す。なんだか頬が熱いような気もしたけれど、それはきっと店の活気のせいだと思う。いつもより素直に口を尖らせ拗ねてみせるのも、それは、今がプライベートだからで、けしてエドワードの精神状態が普通ではないなんてことはないのだ。
 しかし…。
「…マム。どうしてくれるんです」
 冷水のグラスを差し出して飲みなさいとエドワードに言いながら、ミーナを軽く睨みつけるロイの態度はどうしたことか。「あら、ほんとにキティだねこれは」と幾らか焦ったようなミーナの声もどういう意味なのか。さきほどあれだけ自分の名前はキティなんてものではないといったのに。
「…たいさ…」
「なんだい」
 お腹がいっぱいになったからだろう、今は猛烈に眠かった。
「…ねむい」
 正直に申告したら、溜息をついたロイが、エドワードの手から結局グラスを取り上げて、その半端に残っていた赤い液体を一息に煽った後、両手を広げてエドワードに「おいで」と示した。
 本当にものすごく眠かったので、もう意地も何もなく、エドワードは目を閉じて目の前の腕の中にどすんと落ちた。結構な衝撃だったと思うのだが、ロイはうめき声一つ上げなかった。そんなに軽くてチビかよ、と夢うつつに腹が立ったけれど、既に憎まれ口を叩く気力すらなかった。
 それから少しロイが何か怒っていたようだったけれど、すぐに夢路に足を突っ込んでしまったので、エドワードは何も覚えていない。






 さわやかな朝だった――目覚めの瞬間までは。
「…起きた?」
 窓から射す朝日が眩しくて目を細め、けれどその温かさにうっとりする。小鳥のさえずりだってなんだか気持ちがいい。今日はきっと天気に恵まれるだろう、そんな朝だった。
 …にも関わらず。
「…はい」
 弟の声がものすごく怒っている声だったので、エドワードは口元を引きつらせながら、枕元の椅子に座っていたらしいアルフォンスを恐る恐る見上げた。
 なんだろう。
 怒られることなんて――心当たりがありすぎて、どれだかさっぱりわからない。
「…にいさん。…いや、あえていうよ。…ねえさん」
「………」
 エドワードも負けじと眉間に皺を寄せ、それから、未練を断ち切り布団から這い出した。…やっぱりもう少し寝ていたかったかも、と思う。さっぱり忘れてしまったが、とってもいい夢を見ていたような気がするのに。
「姉さん、昨日、酒を飲んだってね?」
「……あー…ううん、ち、ちがうぞ、ジュース…みたいなもんだって女将さん言ってた」
「へえええ。姉さんはジュースで酔えるんだ。お手軽でいいねえ」
 むっと眉を吊り上げたエドワードだが、簡単に挑発に乗るほど馬鹿ではない…と、自分に言い聞かせて我慢した。
「まったく、もう少し考えて行動してよね。何のために隠してるわけなのかな」
「…それは、…その方が、旅が、しやすい、から」
「そうだよね。まあ僕は正直そんなものは姉さんの心がけひとつで大分違うという気もしてるんだけどさ、実際の所。でも、まあ、女の子よりは男の子の方が多少、いくらかは安心だよね」
「…心がけってなんだよ」
「すぐ喧嘩買ったり、外で酔って寝ちゃうなんて隙だらけで危なっかしいって意味だよ」
 アルフォンスは溜息混じりに吐き出して、やれやれとでも言いたそうに両手を上げて首を振った。
「…それは!」
「なんだよ、何かいいわけでも?」
 アルフォンスの態度が言っていた。言い訳する権利があるのかと。
 う、と詰まってしまったエドワードに、さらに弟は懇々と説いて聞かせる。
「いい?ほんとに気をつけて。何かあってからじゃ遅いんだよ」
「…それは…、わかってる、けど」
「けど、なんだよ」
「………」
 むすっとそっぽを向いてしまったエドワード、今まで寝ていたせいで、なんでもない白いTシャツを着ている「姉」にアルフォンスはあらためて、深々と溜息をついた。
 長い金髪を下ろして、少しぶかぶかのTシャツを着て、不機嫌そうに口を尖らせている姿は、もうどう頑張っても少年には見えなかった。
 ――つまり、そういうことなのだ。
作品名:難攻不落の男 作家名:スサ