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帝国の薔薇

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第三幕 そしてばらは咲く




 エドワード達が砦でキンブリーの裏切りにあっている間、中央でも事件が起こっていた。
「陛下、こちらへ!」
 夜半、何の予告もなく賊が宮殿へと押し入り、一気に反女帝派と賊達が宮殿を掌握してしまったのである。女帝にしても予想外だったのは、反女帝派が想像より多かったことと、最も反女帝派であろうと思われていた人物がそうではなかったことだった。
「…まさか貴様に助けられるとはな」
 女帝は、追い詰められた状況だというのにもかかわらず、不敵に笑ってその男を見上げた。黒い髪をきっちりとなでつけたその男の名を、ブラッドレイという。
「これも臣下の当然の勤めというものです」
「そういうことにしておこう。…ところでそっちのちまいのは?」
 女帝は、堂々とした挙措で、ブラッドレイの傍らに控えた金髪の少年に視線を移した。金色の髪に瞳、柔和な、懐かしい人の面影を持つ少年に。
「アルフォンスです。叔母上」
「私のことは姉と呼べとしつけていなかったかな」
 女帝は目にも留まらぬ速さでサーベルを抜いたが、恐れるでもなく少年は軽く避けた。
「さあ。小さい頃は体が弱かったので。お目にかかる機会もあまりなかったかと」
「確かにおまえは体が弱かった。…ブラッドレイ、これはどういうことだ」
 十年探しても見つからなかった甥かもしれない少年が目の前にいることに、女帝は目を細めた。
「ウロボロスからお守りいたしただけのこと」
「……」
 その名に、女帝は苦々しげな顔をした。実際苦い思い出のある名前だったのだ。
「ですが、あちらの目を欺くためにも、あまり公にはできないでおりました。どうか平にお許しを」
 恭しく頭を下げた男に、女帝はぽつりと言った。
「…ウロボロスが関わっているから、私に味方したのだな。おまえ」
 ブラッドレイは何も答えなかった。

 とりあえず湯を浴びて、さっぱりした所で、女帝は現状の把握に努めた。その頃には懐刀マイルズも合流しており、情報を整理するにはいい頃合だったともいえる。
 強い酒を煽りながら、少しも酔えない頭で女帝――オリヴィエは考えていた。
それはもう、今から十年以上も前のこと。王宮の隅々にまで、その組織は根を張っていた。彼らの出自も目的もオリヴィエにはわからなかったが、ただひとつ、彼らが目指す所を全うした暁には、この国が滅びるということだけはわかっていた。だからとうとう反旗を翻し、この国の当時の上層部を一掃したのだ。その中には叔父であり、第一王位継承権を持っていた男も含まれていた。彼は既に、ウロボロスの女にすっかり篭絡されていたのである。叔父とその妻を切り捨てた時、その息子、つまり従兄弟に当たる男は自分を食い入るように見ていた。彼を斬らなかったのはなぜかわからない。オリヴィエにしても、血の繋がる相手をそうそう殺したいわけもなかったから、そういうことだったのかもしれない。
 当時の動乱は、皆、オリヴィエが帝位につくために起こした反乱として認識されている。それは宮殿の中にいる者にとってさえそうで、真相を知る者はほとんどいない。そして、その、真相を知る者の中には、ブラッドレイもまた含まれていた。彼も息子をウロボロスに取り込まれ、女帝に殺されていた。ブラッドレイは、物言わぬ体になった息子を抱きしめたまま何も言わなかった。女帝を責めることもなかった。
 女帝がブラッドレイを遠ざけたことはなかったが、かといって取り立てて重用したということでもなかった。それはロイにしても同じで、東方の地に追い払いはしたが、それも皆長官であるグラマンを見込んでのことだ。騒がしい都にいるよりよほどいいだろう、という判断もあった。
 だが今、一掃したと思っていたウロボロスが息を吹き返し、宮廷の反女帝派を扇動し、事を起こしている。皮肉げに唇を歪めて、彼女は酒を煽った。
「…ああ、もう空か」
 すっかり干してしまったグラスを名残惜しげに振って、ふと、耳元に蘇ってきたのはエドワードの声だった。姉に似て、飲みすぎは体によくない、と両手を腰に当てて怒ってくれたものだった。せめて無事でいてくれたらいいのだが、とオリヴィエは思う。
 先ほどのブラッドレイの言が確かなら、姉が殺されたのはウロボロス絡みだったのだろう。そうであれば、あの穏やかな姉をむざと殺させてしまった責任の一端は自分にあることになる。むす、と眉をしかめて、女帝は空になったグラスを放り投げた。繊細なガラスは壁に当たりぱらぱらと粉砕された。
「…守りきらなかったら容赦しないぞ、ロイ」
 かつてただのいとこ同士であった頃の呼び名で呼ぶと、女帝は不機嫌な顔のまま立ち上がった。酒瓶を足そうと思って。しかし、それを遮るようにノックの音がした。
 ドアを叩く音に誰かと問えば、アルフォンスですと答えがあり、少し首を捻った後、オリヴィエは入れと短く告げた。するとほどなくしてドアが開き、エドワードと同じくらいの年恰好の少年が入ってくる。
「どうした?何か聞きたいことでも」
 けだるげに問えば、少年は意を決した顔で女帝に向き直る。
「…どうして、姉を後継者に?」
 オリヴィエはぱちりと瞬きして、おや、とあでやかに笑った。
「おまえがなりたかったかい?」
「違います」
 即座に否定され、ではなんだろうか、と女帝は首を捻る。
「…こんな争いごとに巻き込まなくてもいいのに、と思っただけです」
「は、」
 はっきりといわれ、オリヴィエは瞬きした。またなんとも、歯に衣着せぬ少年ではないか。面白い、と目を細め、女帝は答える。
「それは、後継者にしてもしなくても多分同じさ。あれは争いの種になる」
「なんで…」
「私が目に入れても痛くないほど可愛がっているから」
 にこりと笑って言ってやれば、少年は複雑な顔をして黙り込んだ。
「私の血縁はそうそう多いわけじゃない。妹二人は既に嫁いでいるが、子供は皆女だったし、父親の地位もさほど高いわけではない。キャスリンは体が弱いし、アレックスは僧門に入った。そして私は未婚」
「じゃあ結婚したらいいじゃないですか」
「おまえが婿になるか?」
「……」
 黙りこんだアルフォンスに、そうそう、と女帝は愉快げに笑った。
「私の婿になど、なり手がないのさ。全く世の中にはたいした男がいなくて嫌になるよ。とにかくね、そういうわけで、年齢的にもエドワードならこれから成人するからちょうどいいし、いずれにせよ引く手数多というわけなんだよ」
「…だからって、それとどういう関係が…」
「少なくとも、皇太子だったら自分で決定する意思がある。ただの姫ではそうもいかないが」
「…?」
「私はあの子から選択の権利を奪うほど鬼じゃないつもりだよ。それに、あの子は、自分で勝ち取っていく子だ。誰かにどうにかしてもらうのを待っているような子じゃないだろうさ」
 アルフォンスは複雑な顔をして黙り込む。そうすれば、逆に今度は女帝が質問をする番だった。
「私からも聞きたいことがある。おまえ、一体今までどこでどうしてた?」
 核心をついた質問に、アルフォンスは溜息混じり答えた。
「あちこち逃げて回ってました。父と一緒に」
「…ホーエンハイムも一緒だったのか。今は一緒じゃないのか」
作品名:帝国の薔薇 作家名:スサ