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帝国の薔薇

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 呆気に取られてぽかんとするエドワードに、傭兵達から笑いが起こる。
「半額か、それは嬉しい話だ。では商談につこうか」
 ホークアイ、と呼べば、また別嬪さんが来たぜ、と傭兵隊の連中が口笛を吹いた。 

 広場での一時的な混乱は、捕らえられたハクロの姿が明らかになることで終息して、たった数日間ではあったけれども戒厳令を敷かれていた街の人々が窓という窓から手を振って歓声を上げていた。
 それに応えるように、誰かが旗を振っていた。薔薇の紋章が金糸で刺繍されたそれは、エドワードに許された御旗だった。
 街路では、お帰りなさい殿下、殿下万歳、といった歓声がしばらく鳴り止まなかった。
 
 

 しかし、出だしこそ作戦通りというか、うまく行き過ぎるほどにうまくいったが、さすがにそのまま順調に行くほど甘いものでもなかった。
 狭い市街戦となれば不利はどちらにもかわりはなく、宮城前に進むまでは双方に負傷者が出始めていた。しかし、宮城の大広場まで近づいたとき、内側から大きな歓声が聞こえてきた。
「…もしかして…」
 もはや乱戦とあり、誰もが自分のみを守るので精一杯だったが、それでもエドワードの周囲にはまだ人がいた。
「ああ、間違いないだろう」
 突っ込んでくる兵士を斬って捨てながら、ロイが答える。一応エドワードも剣を構えてはいるのだが、そもそもエドワードまで敵が回ってくる事態になったらかなり危険だ。今、最も守らなければいけないのは、無傷の後継者だったから。
「皆頑張れ!陛下だ!陛下が近くにいる!」
 エドワードが人の中で張り上げた声はどこまで届いたかわからない。しかし、再び彼女が叫ぼうとした時、大きな獣の唸り声のようなものが響いてあたりが一瞬静まり返った。そんな大型の獣は普段アメストリスの町中で見られることはない。しかし、女帝には確かに、雪豹をを庭で飼っているというまことしやかな噂が…。
「スノーホワイト!」
 唸り声を上げて何か白いものが躍り上がった、と思った瞬間、エドワードが今度は歓声を上げた。当然というべきかなんというべきか、その白いものが行く先々では人々の悲鳴や怒号が他よりもさらに三倍増しに響いているのだが、いつの間にか頬まで汚していたエドワードだけはやはり顔を輝かせて背伸びしている。
「…スノーホワイト?!」
 それは一体、と問いかけようとしたロイの脇を、すごい勢いで何かがすり抜け、…気がついた時には、それはエドワードに圧し掛かっていた。何たること、と血の気を引いて掴みかかろうとして、けれど彼はかなり大型の獣にくっつかれてなお聞こえるはしゃいだ声に耳を疑った。戦況は、思わぬきっかけで静まり返る。その大型の白い獣、ロイは初めて見たのでそれが本当に雪豹なのかどうかよくわからなかったのだが、獰猛な牙と爪を持つその獣は、エドワードに圧し掛かってはいたが、猫や犬がじゃれるのと大差ない様子で、その白い頬をべろべろと舐めているのだ。
 突然現われ突然甚大な殺傷力を見せ付けた獣が、なぜか小柄な少女に服従というか、甘える姿勢を見せている。あまりのことに、誰もが戦う手を止めて見入ってしまった。そんな馬鹿な、という思いが誰の顔にもある。
「元気だったか?スノーホワイト!わ、こら、そんなに舐めるなよ、くすぐったいだろ?!」
「…で、殿下…?」
「へっ? …あ!」
 どうやら本気で状況を忘れていたらしい。大物だ、と思いながら、ロイはエドワードに恐る恐る尋ねた。獣は、エドワードが立ち上がろうとするのを汲んでか、今度は大人しく彼女の上からどいて、その脇に立った。まるで他のものから少女を守ろうとするかのように。
「スノーホワイト…とは…」
 応えるように獣が唸り声を上げた。その恐ろしい響きに、さらに周囲から人が引く。けれどエドワードは恐れる色もなくその喉をなでてやる。すると、驚くべきことに、猫が喉を鳴らすような音――のもっと大きなものが聞こえてきた。
「オレの友達!赤ん坊の頃から世話したんだ!だから、ずっと仲良しなんだ」
 はにかんで答えたエドワードに、ロイは、戦闘が始まってからこちら、初めて、乾いた笑いを浮かべた。これは全く予想外の出来事だった。

 件の雪豹、エドワード曰くスノーホワイトの登場によって、戦闘は何となくうやむやになってしまっていた。一頭の獣によって事態の趨勢が決まるということはなく、つまり、スノーホワイトの登場はきっかけに過ぎないのかもしれないが、それでもその与えた被害がけして少なくないことはやはり考慮に入れるべきことなのだろう。元々同じ軍、味方同士という状況もそれは勿論影響しているのだろうけれど。
 とにかく、そうして大広場での戦闘が収束してみれば、同士討ちが嫌だった人間を中心に被害は軽く、その被害が軽かった人間がさらに中心となって、エドワードと雪豹の周りに集まってきた。きょとんとしたのはエドワードだ。
「殿下、御旗を」
「え?」
 数人がエドワードの旗とアメストリスの旗とを並べて立てる。それをぼんやり見上げた少女の耳に入ってきたのは、そんなにも人がいたのだろうか、と思わせるような、地鳴りを思わせる声、声、声だった。思わずよろめいたら、ロイに支えられた。
「…ぅぇっ…?」
 そのまま立たせてくれるのかと思ったら、なぜか、ロイは、豹の上にエドワードをまたがらせ、耳打ちしてきた。
「アメストリスに栄光あれ、でいいです、何かひとこと」
 とにかく収まらない、ということなのだろう。エドワードは、おっかなびっくりに手を振り、照れくささに赤くなりながら口を開いた。
「ありがとう!」
 ロイに言われた通り言おうと思ったのだが、生憎、どうしてもそんな高尚な気持ちにはなれなくて、結局口に馴染んだその台詞が出てきた。けれど千切れんばかりに手を振れば、皆が嬉しそうに振り返してくれたから、きっとこれでよかったんだ、と思うことにした。




 大広場からの歓声で、女帝は唇を舐めた。
「やったか、エドワード」
 とにかく、外にいた勢力はなんとか丸く治めてくれたものらしい。オリヴィエは右に左に斬り捨てたウロボロスの人間達を一顧だにすることなく、軍靴を鳴らして回廊を行く。中には数年来の召使として慣れ親しんだ顔もあり、エドワードが見たら顔を曇らせるだろうな、と何となく思った。
 …オリヴィエが最初宮城に現われた時、兵士の半分以上が驚きに固まった。女帝は失踪したとそれぞれの上官から聞かされていたからだ。残りの半分はむしろ待ちわびた顔をしていて、それがつまり、情報を回しておく、といった結果なのだと女帝は内心で頷いていた。
彼女は肉感的な唇をにいと歪めると、どん、とサーベルを地に突き立てて声を張った。
「己らは誰の部下か。アメストリス国民は須らく私の手足ではないのか!」
 普段は雲の上の存在である女帝本人が現われ、そんな風に言われた日には、ただの門番やただの平の見回りなどひとたまりもない。
 彼女が背後に引き連れていた多くもないが少なくもない兵士達に圧倒されてというのも勿論あっただろうが、恐らく、宮城の入り口を固めていた兵士達を陥落させたのは女帝自身の覇気だっただろう。兵士達の中にはそのまま平伏する者さえいた。
作品名:帝国の薔薇 作家名:スサ