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帝国の薔薇

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 けれども倒れた後、ロイも軽く息を上げて見やれば、既に事切れていた。断末魔が悲鳴ではなく笑いとは、と感慨にふける間もなく、脇で苦戦している部下の方へ大股に歩み寄る。ハボックは、ラストが伸ばした長い爪によって、壁に追い詰められていた。ロイはよく狙って、ラストの胸へと思い切り剣を放る。まさかそんなものが当たるとは思わなかったが、咄嗟にそういう攻撃に出てしまったのだ。
 案の定というべきか、それは振り返ったラストによって跳ね返された。しかし、その隙に近くに迫っていたマイルズが彼女の腕の一本を切り捨て、反対側から女帝のサーベルがもう片方を切り落とす。ハボックはロイの剣を拾い上げ、そこにロイが到着して、受け取ったまま流してラストの胸に剣を今度こそ突き立てた。
 しばし、沈黙が落ちた。
 正確にはそれは沈黙ではなく、あちこちで荒い息が聞こえ、血のにおいが立ち込めていたのだけれど、それでも、誰も声を発しなかったので、沈黙といえばやはり沈黙だった。
「…終わった…?」
 誰かがぽつりと呟いたのが第一声になった。しかし、すぐにもそれには反論が、反論などという生易しいものではない勢いで返ってくる。
「終わってなどいないだろうが!」
「そうだ!まだエドワードが帰ってきていない!」
 ラストではないが、ロイとオリヴィエのコンビネーションは案外いいらしい。アルフォンスは眼鏡があったら直して間を持たせない気分になりながら、そうですね、と答えた。




 父の実験はある程度佳境に入ったらしかった。
「エドワード」
「うん?」
 何も言わずに頭を撫でる父に、エドワードは首を傾げた。もうそんなに小さな子供ではないので、あんまり頭を撫でないで欲しいのだが…、そういえばロイもすぐに自分の頭を撫でようとする癖がある。あれはどうにかしてほしいと思っている。
「…会えて嬉しかった」
「…ん。でも、父さんも、一緒に行けるんだろ?」
 会わせたい人とか、色々いるよ、とはにかめば、父は困ったように笑った。
「一緒には行けなそうだな…しかし、会わせたい人っていうのは?」
「え?うんと…色々。仲間、とか…?」
「なんだ、恋人かと思った。それはちょっと悔しいかなと思ってね、会えなくてもいいかなと思った」
「こ…!」
 一気に頬を赤くした娘に、ホーエンハイムは笑った。
「本当は、好きな人でもいるんじゃないか?」
「い、いないよ、そんなの!」
 反論しながら、なぜかあの、意地悪な癖に頼りになる、困ったときにだけ優しくしてくれる男の顔が思い浮かんで、さらに頬に血が上る。
「そうか…花嫁姿は、少しだけ、見たかった気がするが。…顔が見られただけでもよしとしなくては、な」
 大きな手が頬を撫で、いとしげに目元を撫で、そして額を撫でる。くすぐったいのと、父がここで別れようとしていることをやめさせたくて何もいえないでいる気持ちとで、エドワードは口をつぐむ。
「私のかわりに、アルフォンスに期待しよう。花婿を殴るのは父親の特権なんだ」
 おまえ案外おでこ広いね、といいながら笑う父の姿に、本当に小さな頃に戻ったような気持ちになった。いつも父はそう言ってエドワードを膨れさせていたのだ。
「さよなら。エドワード」
 額をつつかれ、後ろに少しだけ下がった瞬間、別れはすぐそこにあった。



 柱の前、さっきのはとりあえず彼らに対して動力源のようになっていたものを、栓を閉める感じで止めたんですけど、と適当に説明しながら、恐らく専門的なものであろう文字や記号をいくつも並べて、少年は忙しく設備の解析を続けていた。ウロボロスの連中の遺体に関しては、少年の指示で、外に運び出された上に全て焼却と決められていた。ただ灰に含まれるものが怖いので、焼却した後まで監視が必要、との厳重な但し書きつきで。
「これは要するに大きな坩堝のようなものらしくて…この中に賢者の石の材料となるもの、連中は魂といっていましたが…恐らく魂だけではなく実体も含むでしょう。とにかくそういったものを溶かし込んで、その後さらに…焼結するのか凝結なのかわからないけど、そういった形成のようなプロセスを経て賢者の石を作り出していたようですね…」
「面倒なごたくはいい。それでエドワードはどうなったんだ」
「…今手を尽くしています」
 苛立ちを押さえ込んだ女帝の声に、アルフォンスは固い返事を返す。こんなにも叔母女帝が姉を気にかけていたとは、実はアルフォンスはそうは思っていなかったので、少し驚いている部分もある。
 驚くといえば、とアルフォンスは、どっかと座り込んで動かない黒髪の男にちらりと意識を向けた。
 本来であれば、オリヴィエではなく彼が玉座にあったはずなのだと聞いている。だが今の彼を見る限り、そういったものへの執着はまるで感じられなかった。執着というなら、エドワードにこそ向いているように見える。そうでなければあんな風にじっと待ちはしないだろう。
 姉の噂は聞いているし、似姿は見たことがある。それに自分と顔立ちが似ていれば、そんな不細工のはずはない。だが、だからといって、この男をそこまで奮い立たせる美女、というのではないように思う。彼の趣味がそうならともかくとして、…しかし、この男はそういったわかりやすいものだけで動く男ではないだろう。一体エドワードの何が、とアルフォンスは思う。そうしてあらためて、早くこの中から姉を呼び戻さなくては、と思うのだった。

 変化はそれから程なくして現われた。
「…っ!?」
 赤い柱にひびが入ったのだ。顔色を変えるアルフォンスだったが、柱の表面に何かが映った、と見とめると息を飲んだ。
 そうこうするうちにひびは広がっていき、とうとう、柱が割れた。
 元々部屋の中は異様に赤くて、それだけで気持ちが悪くなるほどだったのだが、その赤さがさらに広まって、…それは納まることはなかったが、目が慣れれば開くことも出来る。
「…!」
 割れた柱はただの光の、かぼそい柱になっていた。しかしその弱さから、いずれ光は消えるだろう、と思われた。だが、変化はそれだけではなかった。
「……ぅ、」
 柱からはじき出されるように、一人の小柄な人物が、床に転がっていた。うめき声に弾かれたように全員が顔を挙げ、けれど一番に駆けつけたのは、それまでじっと動かなかった男だった。
「殿下!」
 彼は、金髪の小さな頭を甲斐甲斐しく膝に抱き上げると、ぺちぺちと頬をたたく。出遅れた弟は、呆然と、その少女を遠目に見ていた。
 出遅れたというよりは、動けなかったというのが正しいかもしれない。
 やがて金色の睫が震えて。ぼんやりと、大きな瞳が開かれる。
「…、」
 何かを言おうとしているように見える唇に、なんだ、殿下、とロイが顔を近づけて。そして、後々まで笑い話になる一言が発せられるのだ。
「…お、とぅ、さん…?」
 暫し沈黙が落ちた。ロイは呆然と目を見開き、言った当人を見ている。なぜお父さん。エドワードもエドワードで、意識が茫洋として、自分が誰に何を言っているのかわかっていない。
「お父さん、お父さんか!傑作だな、これは」
 と、女帝が大笑いし、大股にそちらに近づいていった。
「お帰り、私の薔薇」
「………。え…?」
作品名:帝国の薔薇 作家名:スサ