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帝国の薔薇

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 頭を撫でられ、条件反射のように姫は勢いよく噛み付いた。しかし、それに呆気にとられている二人の兵士に気付くと、ちょっとだけばつが悪そうな態度で目を逸らす。なんとも素直というか、まだまだ幼いというか。
「ハボック、ブレダ。あらためて、よろしく頼む。当面は私の下で働いてくれ。将来的には、もう少し違う椅子をやれるかもしれないが」
 どこまでが彼の手管なのかわからないが、そこだけ聞くのなら随分と直情な物言いをする男だった。だが、一見すると優男風の外見を裏切るその率直さは、どちらかといえば好ましいものとして二人の目には映ったものだった。




 夜会の警備のために場に詰めながら、エドワードはこっそりと溜息をついて、詰襟に指を差し入れた。熱気に当てられた頬が熱く、普段は体の一部のように馴染んでいる軍服が今はなぜか窮屈だった。
 といって、ドレスになど身を包んだが最後、さらに窮屈な目に遭うのは目に見えている。そちらの方が何倍恐ろしいか知れない。
 諦めて、エドワードは壁に背をつけた。今は丁度宴の半ば、皆が女帝の傍に集っているから、エドワードにとっては気が楽だった。
 遠目に叔母女帝の美しい姿を見ながら、エドワードは目を細める。
「…別に、きらいなわけじゃ、ないんだけどな…」
 ぽつりと落ちたのは無意識の呟きで、本人さえもほとんど自覚していなかった。けれども、彼女は気付いていなかったのである。いくら女帝が出席していて、その周りに人が集っているからとて、それだけで次期後継者たるエドワードの傍に人が集まってこないわけではない、ということに。その、原因に。
「何がですか、殿下?」
 すぐ傍から落ちてきた耳障りのよい、少し低い声に、エドワードははっとして顔を上げた。けれど勝手に頬が熱を持つのを止められなくて、すぐにも顔を逸らして俯いてしまう。
「…ああ、」
 そんな幼い主の態度に瞬きした後、副官たる男、身綺麗にして立っていれば美丈夫とでも称すべき佇まいの男が、得心いった顔で何度か頷いた。
「お似合いだと思いますが」
 普段はぞんざいな口調ばかりの男だが、時と場くらいは勿論心得ている。要するに普段のあの態度も、もしかしたらエドワードのためのものなのかもしれなかった。少しでも少女が緊張しないようにという。
 勿論、ただの不精と無礼である可能性は高いのだけれど。
 夜会の大広間における、エドワードの盾でもある男は、女帝のドレスとエドワードの赤い軍服を交互に見た後、短く言った。その言葉に、ますますいたたまれなくなったエドワードはさらに俯いてしまう。
 ロイはしばらくそのつむじを見下ろしていたのだけれど、ふ、と微かに笑うと、わずかに頭を落としてエドワードの耳元に顔を近づけた。
「――お手をどうぞ、ちいさな薔薇」
 よっぽど変わった趣味でもない限り、女なら誰もがうっとりするような笑みを浮かべて言った男の顔をちろりと見上げた後、姫君は何も言わず、拗ねたように唇を尖らせて副官の足を踏みつけた。
「…っ」
 軍靴の踵は相当に痛かったと見え、ロイがわずかに眉をひそめた。
「…オレは小さくない」
 そして落ちたのは幼くむくれた声がひとつ。ロイは瞬きした後、こっそりと笑って、大変な失礼を、と丁寧に詫びを入れた。
「…」
 そしてそれから。
 広間の中央からこちらを一瞥していた女帝の視線を掬い上げるように受け止めると、気負うことなく放り投げ、そんな視線に気付くこともない少女の金色の頭に視線を戻した。
「…陛下?」
 くつりと喉奥で笑った女帝に近習が不思議そうに呼びかけるが、大事無い、とすげなくあしらわれて終わっていた。



 朝は訓練、昼は海外の使節の警護や帝宮の警備、夜は夜会の警護。合間に軍の人事に収支、各地の報告を聞いて、それ以外に帝王学と淑女のマナーも学んで、それだけでも聞くだけで忙しそうだが、エドワードの日常はまだまだそれで終わりではない。隙を縫うように自身の鍛錬を積み、趣味だという学問は権威ある教授が舌を巻く才媛。
「…姫殿下はちょっと努力家過ぎるんじゃないか」
 本当の本当に、眠そうに細めた猫の目のような隙間の空き時間。
 師団長のために設えられた応接室、その長椅子に埋もれるように横になった主に、心底呆れた声でそう言ったのは女帝の声がかりで付けられた男。けれどもそんな風に言いながらも、彼は、幼く努力家の主の靴を丁寧に脱がせ、きつい襟元を緩め、額には温めたタオルを載せてやり、挙句の果てに滋養がつくからと蜂蜜をスプーンに掬い取って口に運んでまでやっている。甲斐甲斐しいにも程があった。
 少女はけれど、そんなことにもちっとも気付かない様子で、とろんとした目を副官に向けた。
 この男をつけられてから気がつけば三ヶ月くらいが経っていて、最初は勝手があまりに違って反発したりもしたのだけれど、今ではすっかり慣れていることに気付いた。ロイは一見すると口が悪いしすぐにエドワードのことを「小さい」とか「姫」とか言うのだけれど、困ってしまう時には傍にいてくれるし、弱っていればこうやって甘やかしてもくれる。
「…どうした、姫殿下」
 からかう時の口調で言われたけれど、さすがに詰め込みすぎて少し熱が出ているような今はあまり怒る気にもなれなくて、エドワードは何も言わずじっとロイを見上げていた。
「…本当にどうした?悪いものでも食ったのか?」
 けれど、女官達に黄色い声を上げさせてばかりいるはずの男は、怪訝そうに眉をひそめてそんなことを言った。別に女扱いして欲しいわけではないのだが、複雑だ、とエドワードは思った。
「…兄さんがいたらこんなかなって思った」
 ぽつりと呟けば、ロイが意外そうな顔で瞬きした。その、虚をつかれたような顔は初めて見るもので、エドワードは少し気分がよくなって、ふふ、と笑う。
 するとロイは今度は困ったように眉をひそめて、幾分気遣うような調子で、顔を寄せ、大きな手でエドワードの額を撫でた。そのひんやりした手が気持ちよくて目を閉じれば、ロイの溜息が聞こえた。
「…努力家もいいが、自分の体調くらい管理できなくては困るぞ」
「…?」
 咎めるような声はけれど心配する響きを孕んでいたから、エドワードは不思議に思い目を開ける。すると、ロイの整った顔が近づいてきて、驚いてもう一度目を閉じる。
「そうそう、大人しくていてくれ」
 ロイの声が近くでした、と思うが早いか、そのしっかりとした腕の感触までしてきて驚き、エドワードは目を勢いよく開く。気付けば、彼女は副官の腕に抱き上げられていた。呆気にとられて言葉もない皇太子に、ロイは片頬で笑った。
「幸いにして今はアメストリスを攻めてこようという国もないし、大きな行事もない。…少し休養するべきだな、殿下は」
「な、…」
 ぽかんとしている少女を軽々と横抱きにしたまま、彼は大股に歩き始める。揺れるのが落ち着かなくて思わずすがり付けば、そうそう、いい子でいてくれ、とまるでちいさな子ども扱いで言われてむっとする。
「おい、誰か、誰かいないか」
 そんな主に気付いているのかいないのか、ロイはあたりに声を上げる。大きな声ではないのだがよく通る。エドワードは諦めて目を閉じた。
作品名:帝国の薔薇 作家名:スサ