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帝国の薔薇

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第二幕 ただ一輪のばらのために




 厳しい冬を乗り越えて花が春を謳うように、やんちゃな少年のようだった少女にも少しずつではあるけれどやわらかな変化が訪れていた。

「姫大将ー、だめですってちゃんと防具はつけてください!」
 近衛とも思えないくだけた口調は、ロイが市中警邏の部隊から引き抜いてきた背の高い青年のものだ。姫と呼ばれるのがいやなエドワードに対して考案されたのは彼独特の呼び方で、面と向かって口にするのはハボックと同期のブレダ、それからたまにロイくらいのものだけれど、今では密かに他の兵士にも口にされている。
 長い金髪を高く結って、ばら色の頬をして、冬の太陽のように澄んだ金色の瞳をくるくると動かす。彼女は身分に拠らずしても、その容姿と真っ直ぐな気性だけで兵士達に好かれていた。
 しかし今は話を情けない悲鳴を上げているハボックに戻そう。
「やーだーね!重いし、それに、そんなきつい訓練しないから平気!」
 鬼ごっこを楽しむ子供のようにはしゃいだ言い訳をしながら、エドワードは防具を持って追いかけてくるハボックから逃げる。すばしっこいのでなかなか捕まらない。原因に関しては、多少、ハボックが本気で捕まえにかかったら手荒になって不敬罪、という危険を感じているのもある。
 まるでまだ首の据わらない子猫のような。頑丈と恵まれた体格を誇るハボックにしてみたら、目の前を走る少女はまるでそういう生き物だった。
「あ」
 と、困ったなと思いながら追いかけてきたハボックの視界に、エドワードを充分捕獲できる人間を見つけ、目を輝かせる。
「副師団長!」
「え」
 背後から追いかけてくるハボックのみに意識を向けていたエドワードは、気配を覚らせることなく歩いてきた副官に気付くのが遅れた。
 …結果。
「…何をやってるんだ、一体」
「こらっ!離せ!」
 正面から飛び込んできた少女をしっかりと捕獲し、どころか逃げられないように肩に担ぎ上げて、ロイは呆れた声を上げた。荷物宜しく担ぎ上げられた方はばたばたと暴れるが、ロイは気にも留めない。
「よかった! …いやあ、姫大将が防具をつけてくださらないんで…」
 エドワードは体を動かす訓練が好きだ。だが、付き合わされる部下達はたまらない。本気で打ち込むわけには行かないし、といって手加減できる相手でもない。しかも防具をつけるのを嫌がるから余計に。
 ロイは溜息をついて、とりあえず暴れるのをやめたらしい姫を下におろした。但し、逃げ出さないようにその腕を掴んだままではあったが。
「姫。あまり兵士を困らせるんじゃない」
「おまえほんといつも偉そうだよな…」
 どっちが主なんだ、とでも言いたそうな微妙な顔で見合げるエドワードは、最近ようやく「姫」と呼んでも怒らなくなった。但し、相変らず好きではないようで、嫌そうに鼻の頭に皺を寄せるのが面白い。
 勿論、そんな不調法は近衛の軍服を着て、近しい人間の中にいる時にしかやらないのだが。
「それより、殿下。ちょっと真面目な話がある」
「え?」
 エドワードの機嫌など鼻にもかけず、ロイが本当に真面目な顔をしたので、少女も軽く目を瞠る。食えない男だ、どこまでどう真実かわかったものではないのだが、エドワードはロイを疑ったことはなかった。
「執務室で話そう。――ホークアイ」
 その時ようやく、少女は、ロイが背後に従えていた女性に気付いた。年の頃は叔母よりも若そうだが、エドワードよりはずっと年上。ロイと変わらないくらいだろうか。理知的な雰囲気のする美人で、けれど、エドワード同様男装をしている。水際立った騎士然とした装いは硬質な印象を持つその女性によく似合っていた。
「エドワード殿下だ。殿下、ホークアイです」
「お初にお目にかかります、殿下」
 ともすれば冷たそうに見える顔が、ほんのわずかに綻んで、女性はエドワードの前に膝を着いた。

 エドワードの執務室にたどり着くと、ロイが適当な様子で茶を淹れた。見た目はかなり適当だったが、飲んでみたらちょうどよい味になっていて、エドワードは複雑だった。
 しかしすぐにそんなことは気にしていられなくなった。
「…北が?」
 はい、と言葉少なにホークアイは頷いた。
 執務室についてロイがもう少し詳しく紹介してくれた所に拠れば、彼女はロイが東方軍にいた頃の部下で、ロイが中央に移ると同時に、ロイの後を引き継ぎ、なおかつ辺境への監視を行っているのだという。
 自分も叔母も女性ではあるが、軍に女性は珍しい。エドワードは話を聞きながらも、目の前の女性への興味が勝って仕方なかった。
「…殿下。気になる気持ちはわからないでもないが、今は話を聞いてもらいたいな」
 と、そんなエドワードに気付いたのだろう、ロイが釘を刺す。カップを持ったままそっぽを向いた少女に、ホークアイがそして瞬きをして。
「…殿下。こんなろくでもない男の言うことを真に受けてはいけません」
 静かにひんやりとした声で、そんなことを言う。
 こんなのでも一応はかつての上官ではないのか、そしてなおかつ今現在は、中央軍の中でもけして低い地位でもない男ではないのか、とエドワードは驚きに目を見開く。しかしホークアイはぴたりとエドワードを見つめながら言うのだ。
「純粋な殿下にこのような男をつけられた陛下の御判断が私にはよくわかりません」
「……はあ…」
 ぱちぱちと瞬きして絶句しているエドワードの向かいで、ロイが耐え切れなくなった様子で笑い出した。
「相変らずだな、ホークアイ」
「恐縮です」
「…わかっているとは思うが、褒めてはいないぞ」
「それは、大変恐縮です」
 さらりと切り返すところには年季を感じさせた。確かに二人の間には何某かの信頼関係があるのだろう。そう思うと、エドワードは少し悔しくなった。ロイとエドワードだと、自分が圧倒的に転がされている感が拭えないから。
「まあとにかく、だ」
 咳払いをして、ロイは強引に話題を変えた。
「都合が悪くなると話を逸らされますね。相変らず」
「君は報告をしに来たんじゃなかったのかね」
 苦虫を噛み潰したような顔で返したロイに、さらりとホークアイは答えた。
「それもありますが、あんな潤いのない土地の任務を私に残されておいて、ご自分は暖かい都で薔薇の姫とお過ごしでしたではありませんか。これくらいの嫌味を聞き流すのも度量のうちと思ってください」
 そこでホークアイはエドワードを振り向いた。その鳶色の目には優しげな光があった。
「辺境の者達も皆殿下をお慕いしているのです。勿論私も。ですから、殿下。報告を終えましたら、何か御言葉を賜えましたら身に余る幸せです」
 自分をちらちらと気にしている少女にそう言って、女性はやわらかに笑った。

 しかし、ホークアイの報告は真面目なもので、聞き終えたエドワードは眉間に皺を寄せてしまった。
「…ドラクマか」
 北の大国は、現在の女帝が初めて戦い、そして初めて勝った国でもある。おかげで国境は侵されることなく今も変わらずにある。しかし、相手も大国だ。ほとぼりが醒めるか何かすれば、いつでも攻めてくるだろう、とある程度物の見える人間は皆そう考えていた。
作品名:帝国の薔薇 作家名:スサ