こらぼでほすと 休暇4
「ティエリア、折りたたみ椅子っていうのは不安定なんだ。使うなら、食卓の椅子を使え。そこのクモの巣は取ったから、もういいぞ。風呂もキレイにしてくれてお疲れさん。」
「他はありませんか? ニール。」
「そうだなあ、俺と虎さんに、新しい麦茶を入れて欲しいかな。」
「了解しました。」
紫子猫も、何かと手伝うと張り切っているので、適度に仕事を作っている。風呂場の掃除ぐらいなら、と、任せたら、こんな感じだ。それでも、親猫は成長したなあーと喜んでいたりする。
「おまえ、ある意味、ダメ人間製造機だな? 」
「それ、ハイネにも、トダカさんにも言われてるんですが? 別に、こっちでできることは、こっちでやればいいと思うんですけどね? 虎さん。」
そんな調子だから、寺の坊主は何もしなくなったのだ。まあ、いいだろう、寺に嫁入りしたんだから、亭主のほうは責任を持って世話してくれればいい。だが、年少組は、ある程度、教えたり突き放すのもしないと、ダメ人間になりそうだ。
「あまり甘やかしすぎるなよ? ちびどもには、世間での経験も必要なんだからな。」
「はいはい、だから、うちのいる時ぐらいは甘やかしてやればいいんじゃないですか?」
ああ、こいつ、完全に親バカモードのおかんだ、と、虎は吹き出した。『吉祥富貴』の年少組には、普通の生活というものを知らないのが混じっている。だから、これはこれでいいのかもしれない、とは、虎も思い直した。
「だいたい、じじいーずは、俺を甘やかし放題じゃないですか。今日だって、虎さんが様子を見に来てるし、ハイネは、寺に居候してるし、トダカさんは、毎日、連絡してくるんですよ? 俺が、そんだけ甘やかされてるんだから、俺が年少組を甘やかしてもいいんじゃないですか? 虎さん。」
「わかった。おまえは、それでいいということにしよう。〆上げてしつけるのは、じじいーずの担当だ。」
「お手柔らかに頼みます。」
ぺこっと頭を下げている親猫に、虎も苦笑する。自分の懐に取り込んでしまった年少組は、親猫にとっては庇護するものだ。だから、こんな態度になる。
「ニール、虎、準備が出来たぞ。」
廊下の向こうに仁王立ちしている紫子猫が大声で叫ぶので、はいはい、と、廊下を戻る。確かに、寺は、日常担当だ、と、虎も納得する。これがあるから、気分の切り替えができる。年少組だけでなく、ハイネが入り浸るのも頷ける。
どうにか、坊主のノルマが片付いた。予定の二週間より少し延びたが、概ね、予定通りだ。で、なぜか、見送りに、厄介なのが顔を出している。直属の上司はいいとしよう。仕事のほうも要領をかましてあるから、それぐらいは大目に見る。問題なのは、直属じゃないほうだ。
「たまには、遊びに来てくださいよ? 悟空。」
「そう言われてもさ、学校があるし、今はいろいろと忙しいんだよな。」
「うーん、難しい課題が出たら、僕がちょちょいとやってあげますから連絡してください。どうせ、三蔵には無理でしょうからねー。」
「それは助かる。」
「でも、僕も感慨深いものがあります。みかんで足し算を教えていた子が、バイオの論文を書けるようになるなんて。」
悟空の頭を撫でながら、しみじみと呟いている天蓬の言葉は、相当に古い話だ。悟空当人すら覚えていないだろう。
「おい、天蓬、それ何百年前の出来事だよ? 悟空、酒は割れないように梱包してあるが持ち運びには気をつけろ。」
「え? 捲簾、宅急便に放り込んだぜ? 服の間に押し込んだから大丈夫だと思う。」
「それならいい。八戒に渡しておいてくれ。」
「オッケー。」
寺院の玄関で、ほのぼのとしたお別れが行われているのだが、寺院の僧侶たちは遠巻きに控えているだけだ。なんせ、三蔵の上司様たちは、滅多なことで現れない本山の人外の方たちだから話かけるのも恐れ多い。そして、それの前で不遜にたばこを吹かしている寺院の最高責任者も、別の意味で怖い。普通、並んで喋っているのもおかしいはずだが、さらに怒鳴ったりマグナム突きつけていたりする。
そろそろ終わってくれ、と、たばこを吹かしている三蔵に、金蝉が小さな袋を、顔も見ずに差し出してきた。
「完治はしないだろうが、そこそこ効く。」
「いいのか? これ、人外オンリーだろ? 」
人外のクスリは、人間界での使用は禁止されている。というのも、効きすぎて人間には毒になることも多々あるし、成分分析されると、人間界に存在しないものが、いろいろと発見されてしまうからだ。
「別に、かまいやしねぇーよ。破戒僧が、何やらかしても驚かれる心配はねぇーからな。ただし、それ、薬包一個につき、半年に一回だ。壊れてるとこは治せないが、元気なとこは強化される。」
もちろん、完全に治る薬もあることはあるし、不老不死の薬なんてのもある。さすがに、それは持ち出せなかったらしい。
「それでダメなら、おまえと女房に桃を食わせるからな。」
「けっっ、俺は破戒僧だ。そんなことしたら、おまえら、また、謹慎食らうぞ。」
謹慎というのも、ちと意味合いが違うが、過去、悟空と共に巻き込まれた騒動で、金蝉たちは、何百年か再生されずに放置された。三蔵が、悟空を引き取ってから、ようやく、再生されて戻って来たのだ。悟空が、そのあたりの記憶が曖昧なので、わざと、そういう言葉で告げている。
「食わせてしまえば、こちらの勝ちですよ、三蔵。僕らが謹慎中は、あなたが悟空の相手をしてくれますよね? おまけで、奥さんもつけてあげるんだから、それぐらいのことは奴隷の義務です。」
悟空と和やかに歓談していた天蓬が、こちらを見ずに、そう言う。桃というのは、謡池宮にある仙桃のことだ。悟空が、暴れてバクバク食ったこともあるもので、これが木によって不老不死の効果を齎すものがあるのだ。食べると効果は短くても100年は、そのままの姿で生きられる。悟空が、どれを食べたのか、さすがにわからないが、まあ、不老不死も含まれていたのだろうと言われている。
「ついでに、悟浄と八戒もおまけしてやるぜ? それで寂しくないだろ? 川流れの江流ちゃん。」
「捲簾、それ言ってはいけませんて。トラウマなんだから。ねぇ? 三蔵。」
「何? それ? 三蔵の名前なのか? 」
「悟空、三蔵が三蔵になる前の名前だ。おまえだって、悟空になる前の名前があるだろ? 」
つまり、こいつらは老衰なんかで人間の寿命を終わらせてくれる気は皆無だということだ。この腐れ縁を延々と続けて楽しもうというのが、ものすごーくはっきりと意図として読み取れる。
「おまえら、いい加減にしろっっ。いちいち、うぜぇーんだよっっ。悟空、帰るぞ。」
ぴんっっと、たばこを投げ捨てて、三蔵は玄関から用意されているクルマに乗り込む。じゃあ、またなーと悟空も追い駆けてきて、三蔵の隣りに乗り込んだ。残りの三人は大笑いして、手を振っている。
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特区の八戒の元に、坊主が帰った、という知らせが入ったのは、その盛大なお別れのすぐ後だ。
「はい、はい・・・・・ああ、ええ。え? メールに? ・・・・はい。」
作品名:こらぼでほすと 休暇4 作家名:篠義