バラの名前
肩に額を強く押し当てていたルルーシュが、独り言のように小さくもらした。ジノはルルーシュの髪を撫ぜていた手を止めて、どうしたの?とその耳元に低く返事をする。背中にしがみつく腕が一瞬ぴくりと震え、肩に乗っていた重みがなくなった。ルルーシュの腕はやがて緩やかにジノの背から脇を這い、そしてジノの両の頬を包むように添えられる。
『しよう……?』
視線がまっすぐに絡み合った。まなじりにわずかな潤みを乗せた、夜空のような深い紫色の虹彩が近づき、焦点がぶれそうなほど近づいたところでまぶたが落ちた。そうしてルルーシュはジノにくちづける。柔らかく食むように触れてくる、その多分な甘さをはらんだ媚態に胸の奥が疼く。クチュ、と小さく濡れた音が鳴り、わずかに離れたくちびるが、囁いた。
『な、いいだろう?』
そうしてまぶたの下から紫色が現れる。ジノはその紫に目を奪われたまま、頬に押し当てられた手に自分のそれを重ね、そのまま下へと手を滑らせてルルーシュの手首を掴んだ。とたんに力を失ったその腕を彼の膝の上に置き、かわりに自分の手をルルーシュのあごのラインに添えた。そして、言葉で答えるかわりに深くくちづけた。
媚を帯びたか細い喘ぎと一緒に、わずかに震えた吐息がルルーシュのくちびるからこぼれた。ジノは痩せた背に腕を這わせ、ルルーシュの体をぴったりと抱き寄せる。相変わらず体温の低いその体は、抗いもせず、ゆるやかに弛緩してジノに確かな重みを預けてくる。そうして両の手で髪をかき混ぜるように長い指がジノの頭をかき抱き、耳の裏の薄い皮膚を冷たい指先がじりじりとなでおろしていった。そんなわずかな仕草に含ませた媚にも、欲が湧く。言葉もなく、ただ深く深く、くちづけを交し合い、服の裾を割って肌を弄りあった。
そうして湿り気を帯びた髪がぱさりと一房こぼれてジノの頬を掠めた。性急に触れあった肌にほんの少しの余白をとり、ジノはルルーシュの頬を手のひらで撫ぜる。
ふと伏せたまぶたを持ち上げたルルーシュとまともに視線が交じり合った。そうして今度は、互いにまぶたを伏せぬまま、ひとつ、触れるだけのくちづけを交わす。
『ここでいい?』
ジノはルルーシュの耳朶にくちびるを寄せ、情欲に低くかすれた声で問うた。ルルーシュはピクリと指先を震わせて甘い吐息を漏らす。
『……ベッドがいい』
今日はおまえの顔を見ていたいから、そう、冗談ともつかない声音でぼやき、赤く色づいたくちびるがゆるいカーヴを描いた。そうしてルルーシュはジノの太腿に手を置き、ぴったりと脚を覆う布の上からさらりと指先で内腿をたどった。やがて指先は股間をたどって止まった。布に覆われた上からいたずらするように細い指先でついと線を描くように刺激されてジノは眉間を険しくした。そうされる前からすでに兆しを持っていたことを、知っていてからかうような、絶妙な触れ方だった。ジノは、おかしそうに笑みをかみ殺すルルーシュの膝裏を浚って横抱きにする。そのまま扉一枚向こうの寝室へとつれていって、ぞんざいにベッドの上におろした。
『やさしくしてくれないのか?』
ルルーシュはやたらと広いベッドに方肘をついて上体を少し起こす。そして圧し掛かるジノの背にもう片方の腕を回してそのままジノの腕の下に収まった。
『……落ち込んでるんでしたよね』
ちゅ、と濡れた音をたてて軽くくちづけたジノに、ルルーシュは完璧な微笑で応える。
『そう、だからやさしくしてくれ。なにも、思い出さなくていいくらい』
ため息混じりに告げるまなざしは、思いのほか真剣だった。
それから二人は言葉もなく、ほんの少し離れる間も惜しんで互いの衣服を脱がし合い、ベッドの上でもつれるように互いの熱を高めあった。
いつのまにか本格的に降り始めた雨は、ザアア、と絶え間なくホワイトノイズのような音を空気に満たしていた。
人工の明かりのない薄暗いなかで、情欲と涙に濡れたルルーシュの眸だけがキラキラと輝いていた。顔を見ていたい、冗談めかして告げられたその言葉を守ったわけではないが、ジノは正面から交わりを結んだ。ルルーシュは驚いたように一度大きく双眸を見ひらいて、そうして、含まされた熱に身をよじりながら淡く笑ったのだった。
『くるし…い』
顔を隠すでもなく、額の上で両腕を交差させたまま、ルルーシュはジノを見上げる。片足を肩に担ぎ上げ、無理を強いる体位は、その分深みまで到達する。ルルーシュが弱いところを摺るように強くしていた抽送をゆるやかにしてやれば、ルルーシュはほうと息を吐いて、うっとりと目を伏せた。不意をついて深くえぐる動きにあわせて呼吸を乱すルルーシュは美しかった。
声を殺した、深いため息のような切なげな喘ぎ。時折、殺しきれずにこぼれる悲鳴のような甘く高い声。吸い付くようにペニスをおしつつむ熱い体内。
腰に深く蟠る強烈な快楽で、やけてしまいそうだった。
そうして、ジノは撓るほど強くルルーシュを抱きしめ、ルルーシュの腹の中に幾度目かの吐精をする。様々な体液で汚れ、体中がべたべたに濡れていた。おそらく、後で我に返ったルルーシュからねちねちと小言を頂戴するハメになるだろう。ジノは、ほとんど同じタイミングで吐精してぐったりと荒い息を繰り返すルルーシュの背をベッドへと預け、そのまま体を放そうと体を起こそうとした。
『もうすこし、このまま』
けれど、それはうっすらと目を開いたルルーシュに肩に縋られて阻まれた。いい加減体がつらいだろう、となだめようかと思うが、見上げてくる紫に言葉は奪われる。
『いいから』
ルルーシュはジノの首に両腕を絡ませて抱きついた。無理な体勢を少しでも楽にしてやるためにルルーシュを抱えたまま体勢を入れ替えた。完全には萎えていないペニスがぬちゃりと濡れた音をたててルルーシュの内を擦る。そんなわずかな動きでも刺激になるのだろう、ルルーシュは眉根を寄せ、甘い喘ぎでくちびるを振るわせる。余韻にさざめく肌に戯れに手を滑らせれば、ルルーシュはあえかな吐息を漏らして身を捩った。ジノはいまだ汗の引かない痩せたからだを腕に抱き、首筋に顔をうずめてくちづけた。ほのかな塩気がくちびるに触れた。
しばらくむずがっていたルルーシュをなんとかなだめすかしてバスルームまで連れて行き、後始末を手伝うついでにジノも軽く体を流した。湯に漬かりたいというルルーシュのためにバスタブに湯を張ってやり、そのまま部屋を片付けに戻って、そうして今に至る。
「少しは落ち着きましたか?」
ジノは突然背後から押し当てられた重みと温もりに、少し声を低くして言った。ルルーシュはジノの胸にまわしていた腕の力を緩め、ジノの肩に額を押し当てる。ルルーシュが好んで使うボディソープの涼しげな香りが匂った。
「その言い方、いやらしいな」
ルルーシュは穏やかに苦笑うよう吐息をつくと、緩慢な動きで腕を持ち上げてジノの頭を手のひらで包むように抱えた。そうしてそのまま、頭皮を弄るようにして金色の髪をやさしい手つきで撫ぜる。
「いやらしいのは先輩でしょう」