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綴じ代(とじしろ)の奥

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「この間の本はおもしろかったか?」
 パング・ハーキュリーは久方ぶりに会った少年に向けて、おもむろに口を開いた。話しかけられたほうの少年は、その大きな目をわずかにすがめて「ええ、まあ」と曖昧な答えを返す。以前ハーキュリーは十歳になるこの少年へ一冊の児童書を進呈したのであるが、果たしてそれが彼の気に入ったかどうかは疑わしいものだった。自身に子どもがおらず、とりあえず本であれば失敗はないだろうと思って贈ったのだが、中身を見ぬまま預けてしまったのはやはり障りがあったろうか、とハーキュリーが悩んでいる間にも小さなアンドレイ・スミルノフは頭を垂れて一礼し、そのまま部屋を辞してしまった。
「あれはいつもああだ。あまり気にするな」
 セルゲイがそう言って親友をなぐさめたが、かえってその言葉はハーキュリーの心をざらつかせた。母親の殉死以来この親子の間に軋轢が生じたのには気づいていたが、アンドレイを前にしてセルゲイがかすかにだがうろたえるような様を見せたのは、その関係が悪化していることの証拠だった。
「おまえが贈ってくれたのはゴーゴリだったか。おもしろい作家だが、少し暗いな」
「そうだったか? 恥ずかしいが、おれは読んじゃいないんだ」
 自らの手で淹れられたコーヒーを飲みながら、セルゲイは微苦笑した。そうすると額から左目にかけて刻まれた流星のような傷跡が周囲の皮膚を引きつらせたが、彼のいかにも軍人らしい顔立ちはそれによってより威厳あるものになっていた。アンドレイはホリーに似ている。父を見すえる母親そっくりの双眸には断罪の刃が宿り、それは月日が経つにつれ鈍るどころか鋭さを増していた。自身も他者をも切り裂くようなその視線をセルゲイが受け止められずに目を逸らしてしまうのも無理はないように思えたが、それでは彼らの間に和睦など永遠に望めない。ハーキュリーは底の知れない深淵をのぞいたような気がして、胸のあたりにぞっと怖気が立つのを感じた。
「まあ、アンドレイが何を考えているのか、私にはよく分からんよ」
 セルゲイは自嘲気味にそう吐いたが、そこには自己に対する嫌悪と憐憫の色が見えた。それは知ろうとしないだけなんだろう、とハーキュリーは口の中だけでつぶやく。
(おれが要らん世話を焼かなくともセルゲイはそれに気づいている。あの目と正面からぶつかり合う気がないのだ)
 彼はその中に絶望を溶かし込んだように苦いコーヒーをすすり、音にしてはならない嘆嗟を飲み込んだ。
(おれだって、自分に嘘でもつかねばあの子の目は見つめられない)