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綴じ代(とじしろ)の奥

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 この国の小説はなぜこんなにも暗いのだろう、と答えを求めてはいない問いを頭に浮かべながらアンドレイは読みさしの本を鞄へ戻した。ハーキュリーの口添えで士官学校に入学したは良いものの、どこへいっても荒熊の息子、というレッテルを貼られてそこから逃れることができない。会う人間のほとんどが、彼が父親を尊敬しているという前提で話しかけてくる。あんなにすばらしい軍人を父に持って、誇りに思わぬ士官候補生などいるはずがない、とでも言わんばかりだ。ここを卒業して士官になってもそれは続くのだろう。
 子は親を選べない、とはよく言ったものだ。かつてハーキュリーから贈られた本も、今読んでいる小説も、突きつめればすれ違いのはてに死で終わる父子の姿を描いたものだった。フョードル・カラマーゾフを殺したのがドミートリィであれスメルジャコフであれ、フョードルは息子の手にかかって死んだのだ。しおりをくわえたまま鞄の中でまどろむ文庫本のしっとりとした重さをてのひらに思い出しながら、アンドレイは我知らず小さなうめき声を上げたが、その静かな慟哭は誰の耳にも届かなかった。彼が幼い日に母恋しさに流した涙もそれにともなう悲痛な嗚咽も、父の前ではひたすらに無力だった。あの巌のような男の背に、はたして自分の悲しみは染みこんでいっただろうか、そしてそれが呪詛に変わったことに彼は気づいているだろうか……アンドレイはどこかでまだ父に対する希望を捨てていない自分に絶望した。それが希望と呼ぶにはあまりに後ろ向きすぎるものだったとしても、セルゲイになにがしかを期待している己が許せなかった。しかしまだ、父を殺したいのかと問われれば「それは違う」と答えられる確信は持っていた。
(死をもって償ってもらいたいのではないのだ)
 しかし何をどのように贖ってほしいのか、アンドレイには分かりかねていた。またそれが自分の望むことなのかすら。
(まずは声を聞いて欲しい。そして声を聞きたい。……そうでなければ、一歩も前に進めない)